0.腰痛ガイドラインの違い

本邦で腰痛治療のガイドラインを参照しようとする場合,2021年に発行された「理学療法ガイドライン」と2019年発行の「腰痛診療ガイドライン」2021年発行の「慢性疼痛診療ガイドライン」が利用できる[1][2][3].

 

ガイドラインの推奨に関する内容はガイドライン同士一致するわけではないため,いくつかのガイドラインを読むことで解釈の違いや,一貫して推奨されていることのなのかそうでないかなど読み取れることがある.
ここでは3つのガイドラインを比較していく.

1.マニピュレーション・モビライゼーション

<腰痛診療ガイドライン(2019)>

介入 推奨の強さ エビデンスの強さ
マニピュレーション
モビライゼーション
※原文では徒手療法と表記
明確な推奨ができない 効果の推定値がほとんど確信できない

<理学療法ガイドライン(2021)>

介入 推奨の強さ エビデンスの強さ
マニピュレーション
モビライゼーション
条件付き推奨
・短期,中期効果に着目する
・基礎知識を有し十分なトレーニングを行なった
非常に弱い

マニピュレーション・モビライゼーションについて言及しているのは「理学療法ガイドライン」と「腰痛診療ガイドライン」である.
「腰痛診療ガイドライン」では効果の推定値がほとんど確信できないことから"明確な推奨ができない"としており,「理学療法ガイドライン」では条件付きの推奨としている.具体的な条件は"短期・中期効果に着目し,疾患に関する基礎知識を有し十分なトレーニングを行なった場合"とされている.そのためマニピュレーション・モビライゼーションで長期的効果に着目しない.

また厚労省は「カイロプラクティック療法の手技には様々なものがあり,中には危険な手技が含まれているが,とりわけ頚椎に対する急激な回転伸展操作を加えるスラスト法は,患者の身体に損傷を加える危険が大きいため,こうした危険の高い行為は禁止する必要があること.」としていることにも留意する必要がある[4].

また椎間板ヘルニアや変形性脊椎症,脊柱管狭窄症,骨粗しょう症なども「明確な診断がなされているものについては,カイロプラクティック療法の対象とすることは適当ではない」と明記してある.

2.鍼治療・マッサージ

<腰痛診療ガイドライン(2019)>

介入 推奨の強さ エビデンスの強さ
鍼治療
マッサージ
明確な推奨ができない 効果の推定値がほとんど確信できない

鍼治療とマッサージに言及しているのは「腰痛診療ガイドライン」のみでマニピュレーション・モビライゼーションと同様に"明確な推奨ができない"としている.
本邦において鍼・マッサージは法的に業務独占資格であり,理学療法士が行うことはできないため「理学療法ガイドライン」に含まれない.

3.運動療法

<腰痛診療ガイドライン(2019)>

介入 推奨の強さ エビデンスの強さ
運動療法 慢性腰痛に対して強い推奨 中程度

<慢性疼痛診療ガイドライン(2021)>

介入 推奨の強さ エビデンスの強さ
運動療法 慢性腰痛に対して強い推奨 中程度

<理学療法ガイドライン(2021)>

介入 推奨の強さ エビデンスの強さ
鍼治療
マッサージ
条件付き推奨
・患者の症状や訴えに応じて運動療法を選択
弱い

<腰痛診療ガイドライン(2019)>

介入 推奨の強さ エビデンスの強さ
ヨガ 明確な推奨ができない 効果の推定値がほとんど確信できない

運動療法は3つのガイドライン全てで推奨されている.急性腰痛と慢性腰痛では推奨が異なるため注意が必要で,運動療法が推奨されているのは慢性腰痛である.
「腰痛診療ガイドライン」と「慢性疼痛診療ガイドライン」は慢性腰痛に対し強い推奨をしており,急性腰痛に対しては推奨していない.
「理学療法ガイドライン」では条件付き推奨としているが,条件が"患者の症状や訴えに応じて運動療法を選択"となっている他は使用に制限がない.

「腰痛診療ガイドライン」でヨガは運動療法に含まれておらず、"明確な推奨ができない"となっている一方で「理学療法ガイドライン」では運動療法に含まれ推奨されている.

4.牽引・超音波・TENS・電気療法・温熱療法・コルセット

<腰痛診療ガイドライン(2019)>

介入 推奨の強さ エビデンスの強さ
牽引・超音波・TENS・電気療法・温熱療法・コルセット 弱い推奨 弱い

<理学療法ガイドライン(2021)>

介入 推奨の強さ エビデンスの強さ
牽引・電気療法・温熱療法・寒冷療法 条件付き推奨
・運動療法と併用
・患者の希望
・理学療法士が必要と判断
弱い

物療や装具に分類される牽引・超音波・TENS・電気療法・温熱療法・コルセットは「腰痛診療ガイドライン」では弱く推奨しており,「理学療法ガイドライン」は条件付きの推奨としている.具体的な条件は運動療法と併用し,患者の希望があり,理学療法士が必要と判断した場合に使用できる.
そどちらのガイドラインもあまり強い推奨はしていない.

5.教育・心理療法

<腰痛診療ガイドライン(2019)>

介入 推奨の強さ エビデンスの強さ
教育・認知行動療法 弱い推奨 弱い

<慢性疼痛診療ガイドライン(2021)>

介入 推奨の強さ エビデンスの強さ
心理行動学的アプローチ 弱い推奨 中程度

「腰痛診療ガイドライン」と「慢性疼痛診療ガイドライン」ではどちらも何らかの心理療法か教育を弱く推奨しているが、「理学療法ガイドライン」では言及していない
心理療法自体本来は公認心理師や臨床心理士,精神科医などの専門分野であり理学療法の範疇を超えていると考えているからかも知れない.

6.おわりに

こうして比べてみると良し悪しは分からないが「理学療法ガイドライン」は他のガイドラインと比べて効果が不明瞭な介入や証拠として弱い介入も手段として許容している傾向がある.
これは専門分野としての文化的背景によるものかも知れない.

もし医療者がどれか1つのガイドラインのみに目を通す場合には,ガイドラインに準拠するといっても治療内容は異なることになる.
「理学療法ガイドライン」のみ読むのであればマニピュレーションやモビライゼーションを使う傾向が強くなり,「腰痛診療ガイドライン」のみ読むのであればマニピュレーション・モビライゼーション・鍼治療・ヨガ・マッサージを使う傾向は弱まる.

他の医療系国家資格である柔道整復師や鍼灸師,あマ師は本邦のガイドラインを参照したい場合,これらのガイドラインを読むことになるが,各専門分野からガイドラインが出るのならどのような違いが生まれるのかも気になる.「腰痛診療ガイドライン」の鍼治療の文献解釈の誤りが指摘されており,,鍼灸の団体が作成すれば推奨は異なったものになると予想される[5].

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参考文献
[1]https://www.jspt.or.jp/guideline/2nd/
[2]https://minds.jcqhc.or.jp/n/med/4/med0021/G0001110
[3]https://minds.jcqhc.or.jp/n/med/4/med0120/G0001301
[4]https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/i-anzen/hourei/061115-1a.html
[5]https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsam/69/3/69_156/_article/-char/ja

 

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