新たな慢性腰痛ガイドライン
2023年12月7日に世界保健機関(WHO:World Health Organization)は「WHOが慢性腰痛に関するガイドラインを発表(直訳)」という記事を出しました[1]。
この記事によると「WHOは、プライマリ・ケアやコミュニティ・ケアにおける慢性腰痛の管理に関する初のガイドラインを発表し、医療従事者が日常的なケアで使用すべき介入策と、使用すべきでない介入策を列挙した。」とのことです。
腰痛のガイドラインは多くの国や組織が出していますが、言われてみればWHOのガイドラインは読んだことありませんでした。
世界的にメジャーな組織が出すガイドラインということで、このガイドラインの知名度がもし高くなればガイドラインの中でも強い影響力を持つようになると思われます。
医療全体の腰痛に対する介入の質を上げるために利用できる手段の一つに、各々好みの手段を使うのではなく"ガイドラインの遵守率を高める"ことが挙げられますが、実情ガイドラインを知らない方も多いかと思います。
腰痛の治療法は無数に存在するため、各々好きな治療法を利用すると混乱を招くだけでなく、患者が効果的である証拠のある治療を受ける機会が失われてしまいます。
そのためガイドラインの限界と臨床での個人差から必ずしも医療者はガイドラインを遵守する必要はありませんが、ある程度はガイドラインを遵守することが大切です。
本邦で利用できる腰痛ガイドライン
腰痛ガイドラインは世界中で発行されていますが、日本語に限定すると2021年に発行された「理学療法ガイドライン」と2019年発行の「腰痛診療ガイドライン」、2021年発行の「慢性疼痛診療ガイドライン」が利用できます[2][3][4]。
ただし個人的な見解としては本邦のガイドラインと他のガイドラインでは推奨に違いが見られるため、日本語以外のガイドラインを読んでみるとまた解釈が変わってくると思います。いくつかのガイドラインに目を通すと違いが理解できるため、1つの選択肢として今回発行されたWHOの慢性腰痛ガイドラインが利用できます。
WHOの慢性腰痛ガイドライン
WHOの慢性腰痛ガイドラインは無料で公開されているためダウンロードページを貼っておきます。
※ポップアップを非表示にしているとうまく表示されないかも。開けない場合は参考文献[5]を参照してください。
WHOの記事[1]ではガイドラインをかなりシンプルに要約しており、それによれば以下のようになっているそうです。
WHOは一次性慢性腰痛患者を経験する人々を支援するための非外科的介入を推奨している。
これらの介入には以下が含まれる:
・知識とセルフケア戦略を支援する教育プログラム
・運動プログラム
・脊椎マニピュレーションやマッサージなどの理学療法
・認知行動療法などの心理療法
・NSAIDsなどの薬
以下のような介入を推奨していない:
・腰椎装具、ベルト、サポーター
・牽引などの理学療法
・オピオイド鎮痛薬など、過剰摂取や依存を引き起こす可能性のある薬
私自身現時点ではまだ目を通していないのでどのような理由でこうなったかはわかりませんが、推奨にマッサージを含めた上で非推奨に牽引を含めたガイドラインは珍しい印象を受けました。
厳密に比較したわけではありませんが、なんとなくの感覚では他の推奨は多くの腰痛ガイドラインと一致しているように感じます。
本邦のガイドラインではマッサージは"明確な推奨ができない"、牽引や装具は"弱い推奨"または"条件付き推奨"となっているためこの部分の推奨内容は一致していません[2][3][4]。
またQuick reference guideには以下のように書かれています。
介入 | ほとんどの状況ではこれらの介入はケアの一部として提供される | これらの介入は日常的なケアの一部として使用されるべきではない |
教育 | 体系化され標準化された教育や助言(c) | - |
身体的介入 | 体系化された運動療法またはプログラム(b) 鍼治療(c) 脊柱マニピュレーション(c) マッサージ(c) 移動福祉用具(d) |
牽引(c) 治療用超音波(b) TENS(c) 腰椎装具、ベルト、サポーター(c) |
心理的介入 | オペラント療法(c) 認知行動療法(c) |
- |
薬理的介入 | NSAIDs(a) カイエンペッパー外用薬(b) |
オピオイド鎮痛薬(a) SNRI 抗うつ薬(b) 三環系抗うつ薬(c) 抗けいれん薬(c) 筋弛緩薬(c) グルココルチコイド(c) 注射用局所麻酔薬(c) Devil’s claw(c) ホワイトウィロー(b) |
マルチコンポーネント | 多元的に構成された生物心理社会的ケア(b) | 薬理学的減量(c) |
a: 確実性が中程度の証拠
b:確実性の低い証拠
c:確実性の極めて低い証拠
d:優れた医療慣行に関する記述(Good practice statement)
全体的に推奨の根拠がc(確実性の極めて低い証拠)のものについては他のガイドラインと推奨が異なることがありますが、証拠が不十分なほど解釈の余地が広がるため仕方がありません。
終わりに
WHOの慢性腰痛ガイドラインは242ページあるので翻訳して全て目を通すのは時間がかかりそうです。
ただ「腰痛診療ガイドライン」が90ページと情報量が単純計算で倍以上あるので、本邦のガイドラインを読んでまだ情報が足りないと感じる方にとってはより読む価値があるかもしれません。
またこのガイドラインの対象者は"プライマリケアおよび地域ケアの現場で働くあらゆる分野の医療従事者"となっており、多くの医療者が適応範囲内です。
「腰痛診療ガイドライン」は医師向け、「理学療法ガイドライン」は理学療法士向けとその他の資格を有する医療者は何を読めば良いかと悩んでいる人も見かけたことがありますが、このガイドラインはその解決策のひとつです。
今日のおすすめ記事
[2]https://www.jspt.or.jp/guideline/2nd/
[3]https://minds.jcqhc.or.jp/n/med/4/med0021/G0001110
[4]https://minds.jcqhc.or.jp/n/med/4/med0120/G0001301
[5]https://www.who.int/publications/i/item/9789240081789