インピンジメントたいろる

Impingementを再考する

臨床現場にいると、何らかの腱板関連疾患等に対して「肩関節インピンジメント症候群」というラベリングがなされている患者に遭遇する機会がしばしばあります。

それらの患者を担当する際に、現在の日本ではNeerの古典的なインピンジメント理論[ref]に基づいた臨床推論や介入が多く行われているように感じます。

如何にして肩峰下腔を拡大するかといった方法や、インピンジメントが生じないようにと工夫がなされて介入されています。

このように行われる臨床推論には、その病名が深く関わっていると私は考えています。

さらに最近では、様々な疾患で疾患名が適切な病態等を表していないとの理由から、名称の変更が提案されています。

それは、肩関節インピンジメント症候群も例外ではなく、他の例を挙げると、梨状筋症候群は適切に病態を表していないとの理由からDeep Gluteal Syndromeへと変更が推奨されていますし、坐骨神経痛もLumbosacral radicular syndromeなどの名称に変更が推奨されています。

今回は、インピンジメントという単語による呪縛からの脱却と最近の知見を知ることを目的にできるだけ短く(いつも長くなりすぎるorz)記事を書こうと思います。

 

Powell氏との会話から始まった

この記事を書こうと思ったきっかけは肩関節を専門分野としているJared Powell氏Jared Powell (@JaredPowell12) | Twitterとメールでやり取りした際の内容が関係しています。

そのメールというのは、Powell氏の「Rotator Cuff–Related Shoulder Pain: Is It Time to Reframe the Advice, “You Need to Strengthen Your Shoulder”?」という記事が JOSPT:Journal of Orthopaedic & Sports Physical Therapy の2021年4月号に掲載されていたのを知って、是非読ませていただきたいと直接メールでコンタクトを取ったところから始まりました。

論文のタイトルを翻訳すると『 回旋筋腱板に関連した肩関節痛:「肩を鍛える必要がある」というアドバイスを改める時期に来ているのではないか?』となります。

何度かメールでの会話を重ねる中で、1つの質問をPowell氏にさせていただきました。

その質問を回答とともに掲載します。
※Powell氏からメール内容の掲載について承諾を頂いています。

 

ゆーさく
Powellさんの研究の中で「レジスタンス運動を用いた臨床研究に対する批判として、負荷が少なくなり過ぎているものが多い」という風に書かれていますが、臨床でも同じような現象が見られていますよね。これは「Impingement」という単語によって想起される負のイメージが関係して、運動処方に対して制限をかけていると考えているのですがPowellさんはどのように考えていますか?

Powell
はい、私もそう思います。この単語(Impingementのこと)は放棄しなければなりません!
[原文:Yes I agree with you. This term needs to be abandoned!]

 

 

この会話からは、インピンジメントという用語の悪性が見て取れます。

インピンジメントという用語は、しばしばセラピストの臨床での意思決定を制限するように影響していることがあるので、次にそれについて書いていきます。

「Impingement」という単語の悪性

 

「インピンジメント:衝突」という現象は腱板断裂や腱板炎の病因を説明するものとして圧倒的な支持を持ち、広く利用されてきました。

一般的には、上腕骨の大結節が肩峰や肩鎖関節、烏口肩峰靭帯などの鳥口肩峰アーチの周辺構造に衝突する現象を「肩峰下インピンジメント」とし、これによって腱板断裂等の腱板関連疾患が発生するとされていました。

これらの前提から、腱板関連疾患の研究の主な焦点はインピンジメントを起こす肩峰や肩峰下腔の構造や、それらを変更することによる症状の改善などに向けられてきましたが多くは失敗に終わっています。

現在では、肩峰の形状のみが腱板断裂に関与するわけではないこと[ref]や、肩峰下腔の狭さと症状の関連性に疑問が投げかけられたりしています[ref]。

実際、現代の知識では腱板断裂等の腱板関連疾患は多因子性の疾患であり、単にインピンジメントにより発生する疾患ではないことが明らかになりつつあります[ref]。

これらの事実から、肩峰下インピンジメント症候群はSubacromial pain syndromeやrotator cuff disease[ref]などの名称や、Powell氏のメールの中では"rotator cuff related shoulder pain" や"subacromial shoulder pain"などの名称も推奨されていると教えていただきました。

"Impingement" を疾患名に含み臨床で使用することはいくつかの弊害をもたらす可能性があります(メリットについては谷澤先生の記事に書かれているのでそちらを参照してください)。

最近のガイドラインでは、非外傷性のRotator Cuff Related Shoulder Painの管理の主要なアプローチとしてアドバイス、教育、非手術的管理が推奨されており[ref]、 Powell氏のPaperの中でも、「Rotator Cuff Related Shoulder Painの手術をしない質の高い管理は、漸進的な抵抗運動(重力に抗し、外部負荷をかける)を段階的に行い、時には肩の構造や胸椎のストレッチや可動性のある運動を併用することである」[ref]というように記載されており、運動療法が推奨されています。

ですが、臨床で行われる筋力強化等を目的とした運動療法的介入は臨床的に重要な力学的変化を起こさないことがあります[ref]。

これは、インピンジメントと腱板関連疾患の因果関係は証明されていないにも関わらず、これが病因と考えるセラピストが自身の処方する運動療法によって生じるであろうと予想される「インピンジメント」の発生を過度に危惧するため、適切な治療が行えていない可能性が関係しているかもしれません。

しかしその一方で、筋力の回復などの力学的な指標の改善程度が低いにもかかわらず、レジスタンス運動を用いた臨床試験では痛みや機能の大幅な改善が見られることがあります[ref]。

これらの研究は、運動療法による筋力の回復や筋が活性するタイミングの変更が痛みや機能障害などの症状の改善との関連性が疑わしいものであることを示唆しています。

Powell氏のPaper[ref]の中でも『Rotator Cuff Related Shoulder Pain患者に「あなたは弱いから、もっと強くなればいい」と言うのは「あなたは姿勢が悪いから、改善しなければならない」と言うのと同じくらい逆効果かもしれません。』という風に記載されています。

"肩関節が強くなれば良い"という解釈でレジスタンストレーニングを行うことは古典的な考え方から何もアップデートされていないのと同義です。

実際、運動が身体へともたらす影響は筋力面だけではなく、更に広い範囲へと影響します。

単純化された思考ではなく多角的な思考が含まれた運動介入が必要であり、それを行う中でインピンジメントという単語は制限因子となってしまうかもしれません。

Powell氏の論文[ref]に含まれる意図に関しては、Powell氏が運営しているブログGod, give me strength!を見ることをオススメします。

まとめ
これらの事実から、肩関節インピンジメント症候群という名称は適切に病因を表現しておらず、更には、臨床家の推論や介入内容を制限する要因になり得るため変更が推奨されており、臨床でのより適切な意思決定を行うためにも "impingement" という用語は放棄しなければならないものです!

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