「腰痛の発症はいつからですか?」と聞いてはならない理由

発症時期の矛盾

腰痛患者に対する医療面接で過去の腰痛や腰痛の経過について聞くことは、予後の予測やこれまで受けてきた治療への反応とそれに伴う治療計画の作成、過去の腰痛との共通点や違いによる病態把握など重要なことです。

その中で「腰痛がいつ発症したか」はほとんどのケースで聞くと思います。
そして3ヶ月以上なら慢性腰痛、3ヶ月未満なら急性/亜急性腰痛と判断します。急性と慢性で分ける理由はこの2つで治療法に明らかな違いがあるからです。具体的には急性期は痛みや損傷の回復に重点を置き、運動療法も特に推奨されていません。一方慢性期は運動療法の優先度が高く、損傷の回復はすでに終わっているケースが多く、痛みも急性期ほど強くなく、患部の動作によって急性期ほど悪化せずむしろ痛みは減少します。
ここで問題となるのは、「腰痛がいつ発症したか」に対して3ヶ月未満と答えた人、つまり急性/亜急性腰痛と判断された人が本当に3ヶ月未満に発症したか?です。
これは患者さんの嘘を疑っているわけではありません。
Dunnらは腰痛患者における質問に対する回答の難しさを探る調査で「現在の腰痛について、いつからこの痛みを感じていますか?」に対して3ヶ月未満と答えた人(n=21)の38%(n=9)が「1ヶ月間、腰痛がなかったのはいつからですか?」に対して1年以上腰痛がない月がなかったと答えたことを報告しました[1]。
そのためサンプルは少ないですが、急性/亜急性腰痛(3ヶ月未満)の約4割は慢性腰痛とも言えます。

腰痛に変動性があることから、腰痛レベルが低い期間や疼痛強度が0になる期間は腰痛が治ったと解釈し、その後現れた腰痛を新たな腰痛としてカウントしていると考えるとこの矛盾に説明がつきます。
質問の仕方で急性/亜急性腰痛か慢性腰痛か変わってしまうのは、この2つの腰痛で治療法が異なることからも問題です。
また臨床だけでなく、研究でもどのような質問で慢性か急性か分類しているかによって、本当にその被験者が慢性か急性かは変わります。

特に「いつからこの痛みを感じていますか?」と質問している場合、誤って急性腰痛に分類される可能性が高くなります。
臨床では「1ヶ月間、腰痛がなかったのはいつからですか?」と聞くのが良いかもしれません。

このように期間による分類が難しいのは慢性腰痛・急性腰痛に分ける問題の1つです。

3ヶ月の基準は妥当か?

慢性・急性腰痛分類のもう一つの問題はなぜ3ヶ月なのか?です。

急性疼痛と慢性疼痛はかなり古くからある分類ではありません。
痛みの本と言えば、Bonicaの「Management of Pain」が代表的な一冊ですが、1953年に出版された初版では急性疼痛と慢性疼痛を扱っていないようです[3]。

急性疼痛と慢性疼痛の分類法に関する議論は当初からされており、現在では一般的に「3ヶ月以上」経過した痛みを慢性疼痛と呼んでいます(正確には3ヶ月以上続く持続性または再発性の痛み)[4]。この定義が用いられているということは多くの人がこの定義に納得しているわけではありません。あくまでこの定義は明確で運用しやすいという利点によって使用されています。

元々慢性疼痛は「正常な治癒期間を超えて持続する痛み」とされていました。

慢性疼痛の定義が3ヶ月以上の痛みとされることが多いのは炎症が治まるまでの時間や急性損傷の修復に要する時間に相当すると考えられたからです。もちろん疾患や程度によって炎症や修復にかかる時間は異なります。
3ヶ月以上続く腰痛を慢性腰痛と定義した論文では、その期間内に90%の患者が回復したことを示す研究が根拠とされています[5]。しかし90%の患者さんが3ヶ月で回復することは現在否定されているためこの理屈は使えません。

また典型的な急性疼痛の特徴は、「侵害刺激に対する生理的反応であり、通常突然発症し、時間的制約があり、潜在的または実際の組織損傷を回避するための行動の動機となる。急性疼痛の状態は比較的限られた時間だけ続き、根底にある病態が解決されると寛解する。」ものです。慢性疼痛はこれもまた例外はあるため全ての慢性疼痛に一般化はできませんが、「長期間続くか痛みの存在や程度を説明できないような低いレベルの病理を示す」ものです[6]。

この観点から見れば、例え発症が3ヶ月以内だったとしても、侵害刺激や組織損傷に由来する腰痛とそうとは言えない腰痛を同じ急性腰痛に括るのはおかしいです。

3ヶ月という基準に妥当な根拠はないのかもしれません。

○ヶ月で分類した方が臨床的価値があるかも知れない

期間に基づく分類は2つの観点から課題があります。
1つは期間に基づく分類自体が臨床的価値を有しているか。
2つ目は何ヶ月で分類するのが最も臨床的価値を高めるかです。

ここからは「何ヶ月で分類するのが最も臨床的価値を高めるか」について考えていきます。

以下は会員の方のみ閲覧できます。
主な内容は以下のようになっています。
・○ヶ月で分類することの臨床的価値
・3ヶ月の基準では予後予測できないが、○ヶ月を基準にすると予後が予測できる
・臨床での使い方

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[1]Dunn, K. M., de Vet, H. C., Hooper, H., Ong, B. N., & Croft, P. R. (2006). Measurement of back pain episode inception in questionnaires: A study combining quantitative and qualitative methods. Journal of Musculoskeletal Pain, 14(1), 29–37. https://doi.org/10.1300/j094v14n01_05
[2]Carey TS, Garrett J, Jackman A, Sanders L, Kalsbeek W. Reporting of acute low back pain in a telephone interview. Identification of potential biases. Spine (Phila Pa 1976). 1995 Apr 1;20(7):787-90. PMID: 7701391.
[3]Loeser JD. A new way of thinking about pain. Pain Manag. 2019 Jan 1;9(1):5-7. doi: 10.2217/pmt-2018-0061. Epub 2018 Dec 5. PMID: 30516440.
[4]Treede RD, Rief W, Barke A, Aziz Q, Bennett MI, Benoliel R, Cohen M, Evers S, Finnerup NB, First MB, Giamberardino MA, Kaasa S, Kosek E, Lavand'homme P, Nicholas M, Perrot S, Scholz J, Schug S, Smith BH, Svensson P, Vlaeyen JWS, Wang SJ. A classification of chronic pain for ICD-11. Pain. 2015 Jun;156(6):1003-1007. doi: 10.1097/j.pain.0000000000000160. PMID: 25844555; PMCID: PMC4450869.
[5]Nachemson AL, Andersson GB. Classification of low-back pain. Scand J Work Environ Health. 1982 Jun;8(2):134-6. doi: 10.5271/sjweh.2490. PMID: 6215709.
[6]Ballantyne, J. C., Fishman, S. M., Rathmell, J. P. (2018). Bonica's management of pain. Lippincott Williams & Wilkins.
[7]Dunn KM, Croft PR. The importance of symptom duration in determining prognosis. Pain. 2006 Mar;121(1-2):126-32. doi: 10.1016/j.pain.2005.12.012. Epub 2006 Feb 10. PMID: 16472916.

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