慢性腰痛に対して過度な徒手療法依存してしまった人への医療面接

腰痛治療において運動はよく推奨されている治療の一つです[Ref]。臨床において苦労するのは運動を推奨した後、患者が実際に運動を遵守することです。運動は運動を習慣的におこなっていない人にとっては日常的に行うのが難しく、時に苦痛です。

さらに難しいのは、慢性腰痛において過度な徒手療法に依存してしまった人へ運動を遵守してもらうことです。多くのガイドラインで徒手療法は慢性腰痛の第一の選択肢ではなく、運動などの補助として用いるよう推奨されているものです。

これは徒手療法に効果がないということではなく、徒手療法を支持する根拠が弱い(証拠の質が低い)ことや徒手療法に短期的な鎮痛効果があることはわかっているものの、中期・長期的に作用することは示されておらず、その点で運動療法より優先度が落ちます。

過度な徒手療法の懸念

徒手療法が過度に使用されることで治療の失敗に繋がる懸念があります。
より正確に表現すると、過度な受動的治療が問題とされます。

最初に誤解がないように説明しておくと、徒手療法は短い効果時間しか有していないとはいえ、鎮痛効果がある以上臨床的意義はあります。
短期的な鎮痛効果を持つ治療法の利点は鎮痛薬に類似しています。
例えば患者は特に痛みが強い時に少しでも和らげる手段を求めていることがあります。この目的を達成するためには長期的効果がある必要がありません。
運動療法をしたい時に痛みが先行してうまくできない場合には徒手療法で緩和して、運動時の恐怖心を和らげることもできます。
患者に医学的な説明をする時に、変化を見せられない医療者は信用されにくいため徒手療法を用いて一時的な変化を与えて説明に説得力を持たせることもできるでしょう(倫理的な範囲で)。

鎮痛薬とはこのように類似しており、そして使う場面が異なるため共存や使い分けすることができます。例えば鎮痛薬は鎮痛薬の持つ有害事象がありますが、徒手療法が持つ有害事象(痛みの悪化など)とは異なります。鎮痛薬は比較的好きなタイミングで場所を問わずいつでも使えますが、徒手療法は専門家の元に常に通う必要があります。一方で徒手療法は身体的・心理的接触もあり、リラクゼーションとしても要素から心地よさや効いているような感覚を実感できます。

このように利点がある徒手療法が過剰に使わないように言われることがあるのでしょうか?

もし徒手療法や鎮痛薬、安静などの受動的治療によって一時的にでも痛みが緩和したら、患者の中で「痛みの緩和=徒手療法・鎮痛薬・安静」が形成されます。この解釈は間違っていませんが、何度も経験するたびにこの考えは強化されていきます。この一時的な痛みの緩和の成功体験によってある種のループ(痛み→受動的治療→痛み→受動的治療→繰り返し)が形成されます。この時の問題は長期的には効果がないため、慢性腰痛の解決策にはならないことです。

もし痛みが数週間程度の期間で治ることがわかっているのであれば、短期的効果の治療または介入なしで十分でしょう。
しかしすぐ治る保証のない慢性腰痛において、短期的効果の治療を過剰に使い続けることはあまり良い選択とは言えません。

現在慢性腰痛で強く推奨されている運動や心理的介入は積極的治療(患者が積極的に参加し、自身で行い長期にわたって継続する治療)に分類されます[1]。
積極的治療は受動的治療と比べて患者が努力したり参加する意欲が必要となり、受動的治療より単純に大変なため、ダイエットで運動よりもダイエットサプリに頼る人がいるように積極的治療を受けずに受動的治療にばかり頼ってしまう懸念があるのです。

そのため受動的治療に頼り切ってしまい、積極的治療を受ける妨げになることが懸念されています。
(ただしこの懸念も強い証拠があるわけではないため、あくまで懸念のままです)

運動の推奨の仕方

最初に戻って、臨床において苦労するのは運動を推奨した後、患者が実際に運動を遵守することです。

では新たに来院した患者が受動的治療法である徒手療法に依存してしまってループに陥り、他の治療を試す気持ちがない患者に対して利用者はどのように運動を推奨すれば良いでしょうか。
このままでは患者は自身の痛みが治らないフラストレーションを抱え、医療者はより可能性のある治療(運動)をなかなかしてもらえないフラストレーションを抱えることになります。

例えばこんな推奨の仕方はどうでしょう?

勧め方①
「マッサージは短い効果しかないですからね。慢性腰痛には運動が最も効果が期待できます。できるだけ運動をするようにしてみてください。」

これは恐らく誰からみても良くない勧め方です。運動の計画も具体的な運動内容も決まっていません。

では運動の計画と具体的な運動内容を決めれば良いのでしょうか?
患者と話し合った結果、運動方法の練習を含めて以下のようにアドバイスすることになりました。

勧め方②
「マッサージは短い効果しかないですからね。まずは簡単な運動からしていきましょう!
毎週月・水・金・日曜日に体幹トレーニングのプランク・バードドッグ・カールアップをしていきます。各運動は
10秒×10回で、運動と運動の間に30秒休憩しましょう。
もし途中で強い痛みが出たら中断して下さい。
来週は時間が経つとフォームが変わってきてしまうことがあるのでフォームの確認と、運動する上で分からないことや困ったこと、運動量の調節など相談しながらより○○さんにあったメニューを考えていきましょう。」

この3つはMcGill's Big 3(プランク・バードドッグ・カールアップ)と呼ばれる代表的な体幹トレーニングメニューです。運動の方法は患者に実践を交えて教えられ、運動を正しく行うために、運動小冊子を作成し渡しました。

この推奨の仕方で患者は運動を実践できるでしょうか?「勧め方①」や「勧め方②」に類似した勧め方は臨床で頻繁に目にします。「勧め方②」は「勧め方①」よりも運動の遵守率は高くなるでしょう。

しかしこれではまだ運動する動機が不十分です。
これでは患者の中で問題認識や変化への意思が強く現れるようには見えません。

「徒手療法に依存」することを問題認識しているのは患者ではなく医療者です。「介入の種類に変化」を求めているのは患者ではなく医療者です。
認知的不協和理論に基けば、以前の発言と異なる発言をするように仕向けられると、その信念や価値観が新しい発言の方向にシフトします[2](p84参照)。そのため動機となる発言は患者の口から出るのが理想的です。

ではどのように医療面接を行えば良いのでしょうか?

以下は会員の方のみ閲覧できます。
主な内容は以下のようになっています。
・運動の遵守率を上げる根拠
・問題認識のための医療面接
・変化への意思のための医療面接

 

この続きはcodocで購読

Twitterでフォローしよう