患者の価値観と好み
EBMでは「患者の価値観と好み」を含めることが推奨されています[1]。
医療者は自分が信じている治療や効果が示されている治療を勧めたいと思うのは自然な感情ですが、それが患者さんにとっては不快なもの、受けたくないものだったり、他にもっと自分にあった治療がある、勧められた治療には効果がないと考えているケースが考えられます。
例えば患者さんが自身の過去の経験から効果がないと感じている治療を医療者に勧められても、治療継続の意思を持つのは難しく、アドヒアランス(患者さん自身が治療方法を理解・納得し、積極的に治療に参加する)が低くなります。治療自体がストレスになることもあります。
この他にも患者の好みはアウトカムにまで影響を及ぼす可能性があります。
患者の好みとアウトカム
Lindeらは治療に対する期待値が高い患者はと期待値が低い患者で、治療後に報告する改善の度合いに差があるか調査しました[2]。
期待値の評価は3つの質問で測定されました。
(ベースライン時に最初の2つ、3回目の治療セッションの後に最後の1つ)
【どの程度効果があると思われますか?】
- 非常に有効
- 有効
- やや有効
- 有効でない
- わからない
【これから受ける治療に個人的に期待することは何ですか?】
- 治癒
- 明らかな改善
- わずかな改善
- 改善なし
- わからない
【この治療があなたの訴えを軽減できることをどの程度確信していますか?】
0-6点のリッカート尺度で、0=全く自信がない、6=自信がある
結果としてこれらの質問項目によって期待値が高いと判断された患者さんは治療終了後と6ヶ月後の両方で有意に良い結果(治療後にベースラインと比較して50%以上の改善を報告)と一貫して関連していました。
なぜ効果が高くなったのか?
主に2つの観点から説明できると思われます。
1つはプラセボ効果です。プラセボは疼痛治療において重要なメカニズムの1つです。
期待はプラセボ鎮痛に影響を与えことがわかっており、大きな期待がある場合にはプラセボ効果が増大すると考えられます[2]。
2つ目は期待によって生じるバイアスです。
プラセボ効果は本来の治療効果に付随することで治療効果を高めますが、このバイアスは治療効果が高くなったからより大きな改善を報告するのではなく、実際は効果は高くなっていないけれど、好みの治療であるため無意識的に効果があったと報告してしまうことを指します。
以前も言ったように実感している痛みの強さと報告した痛みの強さには差があると考えるのが自然です。
しかし患者が実感している痛みやそれに関連する苦痛は常に主観的なものであるため、効果が高く感じるのがたとえ気のせいであったとしてもそれを否定することはできません。
期待の程度はどのように聞くべきなのか?
臨床における治療内容の決定は、医療者と患者が共に話し合って決めるのが適切であると考えられています。
治療の選択肢が複数ある場合には、どれを優先して用いるか決めることになりますが、その時曖昧な質問でどの治療が患者さんの好みにあっているか確認するのと、測定して数値として表すのには違いがあります。
例えば「治療Aと治療Bどちらが効果あると思いますか?」と2者択一の質問をして、患者さんが「治療A」と答えたとします。
これは相対的な評価であり、同じ治療Aと治療Bの選択肢について「どの程度効果があると思われますか?」と質問したら、「治療Aはやや有効」「治療Bはわからない」とそもそもどちらも期待していないこともあり得ます。
この場合患者さんからしてみればあまり治療を受けたいと思う治療はなく、通院の継続にも繋がらなくなります。
そのため理想的には数値として表し、残しておきたいです。
この研究で用いられた質問方法はそのまま利用することができます。
参考文献
[1]Straus, S. E. (2019). Evidence-based medicine: How to practice and teach Ebm. Elsevier.[2]Linde K, Witt CM, Streng A, Weidenhammer W, Wagenpfeil S, Brinkhaus B, Willich SN, Melchart D. The impact of patient expectations on outcomes in four randomized controlled trials of acupuncture in patients with chronic pain. Pain. 2007 Apr;128(3):264-271. doi: 10.1016/j.pain.2006.12.006. Epub 2007 Jan 25. PMID: 17257756.
[3]Bialosky, J. E., Bishop, M. D., & Penza, C. W. (2017). Placebo Mechanisms of Manual Therapy: A Sheep in Wolf's Clothing?. The Journal of orthopaedic and sports physical therapy, 47(5), 301–304. https://doi.org/10.2519/jospt.2017.0604