人体において最も大きな筋である広背筋は,腰部から上腕に至るまで伸びており,上腕の運動や呼吸の補助に関わるだけでなく、姿勢にも影響するとされています.一定の証拠は存在しませんが,広背筋が上腕の屈曲,外旋,外転を制限する可能性があると考えられる一方で,広背筋の伸張性が低下することが腰痛の原因になる可能性もあります.そのため、広背筋のストレッチはこれらの問題を解決するために有効である可能性があり,また広背筋の損傷による可動域の回復を目的としたリハビリにも用いられます.ここでは,特別な器具や場所を必要とせず,容易に実践できるElbow Pullとそのバリエーションについて説明します。

広背筋の基礎的な解剖学

広背筋ストレッチを理解するには,広背筋の解剖学についての知識が必要です.そのためここでは広背筋の起始,停止,支配神経,作用,栄養血管を簡単に紹介します.

起始 T7-T12の棘突起, 腸骨稜後部3分の1, 第9-12肋骨, 肩甲骨下角
停止 結節間溝, 小結節稜
支配神経 胸背神経(C6-C8)
作用 上腕の内転, 内旋, 伸展, 呼吸補助,体幹への作用については議論がある
栄養血管 胸背動脈, 肋間動脈, 腰動脈

通常,筋のストレッチは起始と停止を遠ざけることで行われるため,広背筋の場合も同様に,T7-T12の棘突起, 腸骨稜後部3分の1, 第9-12肋骨, 肩甲骨下角と小結節を離すことでストレッチすることができると考えられます.

広背筋は複数の起始を持ち,棘突起,腸骨稜,肋骨,肩甲骨の4つの部位で起始するため,ストレッチ方法を想像するのは難しいかもしれません.さらに起始が多く,それぞれが互いに離れているためストレッチ方法によって伸張する部位が異なることがあります.

一般的に筋のストレッチは起始点と停止点を遠ざけることで行われると言いましたが,筋が担う動作と逆の動作を行うことでもストレッチできます.ただしこれはすべての筋に当てはまるわけではないため注意が必要です.広背筋の場合,上腕の外転・外旋・屈曲といった動作がストレッチにつながる可能性があります.

また,広背筋は主に上腕の動作に関与する筋であると考えられていますが,腰部から起始していることを考えると体幹の動作によってもストレッチが可能であることがあります.

Elbow Pull

Elbow Pullは広背筋をストレッチするとされる方法の1つです.この方法では上腕の挙上に加えて体幹を側屈するため,特に腰部外側の広背筋を伸張できます.

Elbow Pull バリエーション1

Elbow Pullは以下の手順で広背筋を伸張します.

  1. 立位または座位姿勢を取る.
  2. 伸ばしたい側の上肢を屈曲し,肘は力を抜いて軽度屈曲する.
    ※肘関節は深屈曲しません.
  3. もう一方の手を挙上した腕の肘に置く.
  4. 肘部を内方に引っ張り体幹を側屈する.

Elbow Pull バリエーション2

Elbow Pullを行う際,肘関節の屈曲角度を大きくすると上腕三頭筋(Triceps brachii muscle)のストレッチになります.

起始 長頭:肩甲骨の関節窩下結節
内側頭:上腕骨後面で橈骨神経溝より下
外側頭:上腕骨後面で橈骨神経溝より上
停止 尺骨の肘頭
支配神経 橈骨神経 (C6-C8)
作用 肘関節:前腕の伸展
肩関節:上腕の伸展・内転
栄養血管 上腕深動脈,上尺側側副動脈

Elbow Pullは以下の手順で行うことで上腕三頭筋を伸張します.

  1. 立位または座位姿勢を取る.
  2. 伸ばしたい側の上肢を屈曲し,肘は力を抜いて軽度屈曲する.
    ※肘関節は深屈曲しません.
  3. もう一方の手を挙上した腕の肘に置く.
  4. 肘部を内方に引っ張り体幹を側屈する.

ストレッチ時の注意点

Elbow Pullを行うためには肘を引っ張りすぎないようにすることが重要です。肘を引っ張り過ぎると、肩や腕に負担がかかり、広背筋部へのストレッチの影響が減少します。また、体幹を伸展または屈曲しすぎないようにも注意が必要です。Elbow Pullでは、息を吐きながら伸張することでより深くストレッチすることができます。

ストレッチは、筋を伸ばすことで行うため、少しの痛みは避けられません。しかし、痛みが強すぎたり、異常な痛みがあった場合は、すぐにストレッチを中止することが必要です。

Child’s Poseとの違い

Child’s PoseもElbow Pullも広背筋のストレッチとされており,動作も類似していますが,体幹の側屈の程度が異なるため伸張部位が異なります.Child’s Poseは腋窩付近に伸張を感じますがElbow Pullは腰部外側から側腹部に伸張を感じます.

終わりに

広背筋のストレッチ方法は主に起始停止と走行に基づいて開発されていますが,そのストレッチが本当に広背筋をストレッチするか,ストレッチすることで本当に意味があるのかはほとんど研究されていません.

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