広背筋の痛み 広背筋損傷

広背筋の基本的な解剖学

広背筋の解剖学は広背筋損傷の基本的なメカニズムを理解するために必要です。この「広背筋の基本的な解剖学」セクションでは広背筋の基本的な解剖学(起始・停止・支配神経・作用・栄養血管)について説明し、これらに関連する解剖について補足します.

起始 T7-T12の棘突起, 腸骨稜後部3分の1, 第9-12肋骨, 肩甲骨下角
停止 結節間溝, 小結節稜
支配神経 胸背神経(C6-C8)
作用 上腕の内転, 内旋, 伸展, 呼吸補助,体幹への作用については議論がある
栄養血管 胸背動脈, 肋間動脈, 腰動脈

広背筋の起始

広背筋は人体で最も大きな筋であるため多くの付着部を持ちます.起始はT7-T12の棘突起,腸骨稜後部3分の1,第9-12肋骨,肩甲骨下角と幅広くこの起始部は広背筋が体幹の動作に作用する見解に繋がります.しかし広背筋の体幹への作用の研究は限られています.

肩甲骨下角は起始部として表記されることもありますが,肩甲骨下角から起始するのはおよそ半数でもう半数は広背筋に付着しません.この解剖学的バリエーションは肩の外転時の広背筋が与える肩関節への影響にばらつきを有無可能性があります.

広背筋の停止

広背筋の停止部は結節間溝または小結節稜と表記されることがあります.
隣接する筋として,大胸筋と大円筋があります.大円筋は広背筋と作用も走行も類似しており,さらに共同腱を有していることや癒着していることがあります.

支配神経

広背筋の支配神経は胸背神経(C6-C8)です.胸背神経はC6-8で構成される腕神経叢の後神経束から伸びています.肩甲下神経の上部と下部の間で後神経束から枝分かれした後,腋窩後壁を下って走ります.

胸背神経は純粋な運動神経であるため感覚の支配はしません.また胸背神経が支配する筋は広背筋のみです.

作用

広背筋は主に上腕に作用し内転, 内旋, 伸展作用を有しています.また呼吸補助筋の1つとされています.幅広い起始部から体幹への作用については議論があり,側屈や伸展,特に回旋作用があると考える人もいます.また広背筋が上腕の挙上時に腰椎を過前弯し腰痛の原因になると考える人もいます.しかし体幹への作用を調べた研究には限界があります.

広背筋の他に肩甲下筋,大胸筋,大円筋,三角筋(前)が上腕の内旋筋として作用します.

上腕内旋筋群 腋窩神経(C5,6) 肩甲下神経(C5,6) 胸背神経(C6-8) 外側/内側胸筋神経(C5-T1)
肩甲下筋
大胸筋
広背筋
大円筋
三角筋(前)

広背筋の他に大円筋,上腕三頭筋(長),三角筋(後)が上腕の伸筋として作用します.

上腕伸筋群 橈骨神経(C6-8) 肩甲下神経(C5,6) 胸背神経(C6-8) 腋窩神経(C5,6)
広背筋
大円筋
上腕三頭筋(長)
三角筋(後)

広背筋の他に大胸筋,広背筋,上腕三頭筋(長),大円筋,烏口腕筋が上腕の内転筋として作用します.

上腕内転筋群 外側/内側胸筋神経(C5-T1) 胸背神経(C6-8) 橈骨神経(C5-T1) 肩甲下神経(C5,6) 筋皮神経(C5-7)
大胸筋
広背筋
上腕三頭筋(長)
大円筋
烏口腕筋

栄養血管

広背筋の栄養血管は胸背動脈, 肋間動脈, 腰動脈とされています.胸背動脈は胸背神経に伴走しています.

疫学

広背筋損傷は非常に稀で,野球選手などのオーバーヘッドアスリートに見られます.野球の他にはロック・クライミング,レスリング,柔道,ゴルフなどでも見られることがあります.しかし広背筋損傷は非常に稀であるため疫学的証拠は限られています.

臨床所見

特徴的な徴候,症状,身体所見がないため,診断は困難な場合があります.
多くの場合急性外傷であるため,痛みの質は灼熱感,または引き裂かれるような感覚を呈します.
圧痛や筋の過剰な緊張は広背筋に見られ特に四角間隙より遠位に圧痛があります.これは一般的な損傷部位が筋腱移行部から停止部の間であるためです.

広背筋損傷が疑われる患者が野球選手である場合,投球サイクルのどの時点で痛みが出るかも鑑別の役に立ちます.広背筋は肩の内旋筋であるため広背筋の活動が大きくなるレイトコッキング期や加速期に特に症状が誘発されます.

可動域は痛みによって制限されますが,痛み以外では制限されません.屈曲,外転,外旋,内旋の肩の可動域は制限される可能性があります.MMTでは内旋が弱くなっているかもしれません.また伸展と内転の抵抗運動で一部の患者で痛みを引き起こします。

併存疾患

橈骨神経が近接して走行するため,広背筋損傷時に損傷することがあります.

保存療法

ほとんどの症例では保存療法で治療でき,平均3-4ヶ月でスポーツ復帰します.ただし広背筋損傷は稀であるため回復にかかる日数は変動する可能性があります.
広背筋損傷の診断後すぐに投球を中止し, 無症状でMMTとactive ROMが受傷前のレベルに戻れば投球に戻ります.
それまでは炎症の管理,ROMの回復,内旋筋の強化,患部外の運動を行います.

参考文献

[1]Erickson, B. J., Petronico, N., & Romeo, A. A. (2019). Approach to Latissimus Dorsi and Teres Minor Injuries in the Baseball Pitcher. Current reviews in musculoskeletal medicine, 12(1), 24–29. https://doi.org/10.1007/s12178-019-09532-y
[2]Donohue, B. F., Lubitz, M. G., & Kremchek, T. E. (2017). Sports Injuries to the Latissimus Dorsi and Teres Major. The American journal of sports medicine, 45(10), 2428–2435. https://doi.org/10.1177/0363546516676062
[3]Pouliart, N., & Gagey, O. (2005). Significance of the latissimus dorsi for shoulder instability. I. Variations in its anatomy around the humerus and scapula. Clinical anatomy (New York, N.Y.), 18(7), 493–499. https://doi.org/10.1002/ca.20185

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