BPS model始まりの論文

BPS model始まり

BPS modelは1997年にGeorge L. Engelによって提唱されました。
現在BPS modelは腰痛治療において主流となりつつあります。

以前、BPS modelが腰痛に応用され始めるきっかけを作った論文、Gordon Waddellの「A new clinical model for the treatment of low-back pain」を紹介しました[1]。
BPS modelについて知りたいという方にはぜひ読んでもらいたい論文です。

そしてもう一つ、BPS modelを知る上で欠かせないのが、BPS modelを提唱した論文である「The need for a new medical model: a challenge for biomedicine.」です。
ここではこの文献を参考にBPS modelがなぜ必要なのかを説明します。

すべての医学が危機に瀕している。なぜBPS modelが必要なのか?

Engelは医学に危機感を有していました。
疾患は
身体的なパラメーターで定義され、測定可能な生物学的身体的変数の標準からの逸脱したものを疾患と呼びます。
この定義の仕方は生物医学が疾患の科学的研究の基礎を構築する(生物医学モデル)という考えに至ります。

医師の態度や信念体系は、専門教育を受けるずっと以前からこの生物医学モデルによって形成されており、その結果このモデルが必ずしも明確にされないまま強化され、文化的に必須なものとなり、その限界は容易に見過ごされるようになったとEngelは考えました。

実際現代でもその通りです。我々医療従事者は学校で医学について習います。それ以前から専門的ではないにせよ体についての知識は少なからずあります。この知識は生まれてから生活する文化圏内で得られたものであり、そのため文化的に染まった形で体について解釈します。文化ベースの知識を土台としてその上で医学を習うためどうしても文化ベースの範疇で医学を解釈してしまいます。
例えば腰痛の原因について考えようと思った時に、多くの人は「腰への機械的負荷」でばかり考えてしまい、機械的負荷がかからないようにバイオメカニクスを勉強したり、姿勢を改善したりという介入に偏ってしまい治療は如何に負荷を減らすかというものになり生物学的な要素以外を考慮しません。自然とこういう思考になってしまっています。これは腰痛とはそういうものだろうという医学を学ぶ前から生活の中で染み付いてきた刷り込みによるものなのかもしれません。

彼はこれをドグマ(宗教が信奉するそれぞれの独特の教義・教理)とさえ表現しています。
例えばもし生物医学モデルとデータ(臨床現象や研究)が矛盾していたらどうするべきでしょうか?「腰への機械的負荷」で腰痛が説明できない場合にどうすべきでしょうか?
モデルを修正したり、放棄したりするのが適切です。しかし生物医学モデルはドグマであるためモデルと矛盾するデータがあっても無理やりモデルに当てはめたり、データの方を排除します。例えば「腰への機械的負荷」で腰痛が説明できない場合、こじつけの説明、例えば「寝てる姿勢が腰に負担をかけた」「気づかない内に負担がかかっている」と言ったり、「まだ見つかってないだけで何か腰に負担がかかることがあったはずだ」と考え、全く別の因子が影響していることはあまり考慮せず、「腰への機械的負荷」を探し続けます。

痛み治療において生物医学モデルがドグマ的に使われてきたのは明らかです。
生物医学モデルのドグマの中では疾患によって生じた現象は全て物理化学的原理に基づいていなければならず(還元主義)、そう説明できないものはすべて疾患の範疇から排除しようとします(排他主義)。生物医学モデルは説明できない痛みを心因性疼痛として排除し、解剖学や生体力学では痛みの原因や症状を説明できないことを無視してきました。このような生物学的な検査で見つかった異常があっても、患者は症状を有するわけではありません。生物学的異常は、多くの要因の中の一つでしかないのです。それでも医学の主流は生物医学モデルから考えを変えませんでした。

Engelは還元主義的で排他主義的なドグマのような生物医学モデルから抜け出そうとしました。

生物医学的モデルは、解剖学的・生理学的・生化学的解釈に依存し、心理的、社会的、文化的に分析する必要性を無視しています。以前紹介したように、例えば腰痛による障害は「過去の痛みの経験だけでなく、その痛みの意味に対する患者個人の解釈、痛みが組織の損傷を意味するという仮定、痛みへの反応、管理、対処方法に関する医療アドバイスに基づく回避学習とみなすこともできる」と考えると障害のみの話であっても、生物学的異常のみを対象とした治療では患者を健康に戻すとは言えません。
このような生物医学モデルの問題点を解決するために、BPS modelが提唱されました。

以前の論文

Engelはこの論文を書く以前から疾患の解釈のされ方について問題提起と考察をしてきました。最も理解しやすいのはおそらく1961年に発表された「Is grief a disease? A challenge for medical research」です[3]。
簡単に言えば「悲嘆」という疾患とはされていない状態が、疾患の特徴といくつかの点で類似しており、その観点から(生物学的な)疾患の捉え方には欠点があることを説明しています。
またそれ以前の論文もBPS modelの根底となる考えが既に見られます[4][5]。BPS modelは明確な定義がないため解釈が分かれていますが、解釈をより深めるにはこれらを読んでみるのも良いと思います。

参考文献

[1]Waddell G. (1987). 1987 Volvo award in clinical sciences. A new clinical model for the treatment of low-back pain. Spine , 12 (7), 632–644. https://doi.org/10.1097/00007632-198709000-00002
[2]Engel G. L. (1977). The need for a new medical model: a challenge for biomedicine. Science (New York, N.Y.), 196(4286), 129–136. https://doi.org/10.1126/science.847460
[3]ENGEL G. L. (1961). Is grief a disease? A challenge for medical research. Psychosomatic medicine, 23, 18–22. https://doi.org/10.1097/00006842-196101000-00002
[4]ENGEL G. L. (1960). A unified concept of health and disease. Perspectives in biology and medicine, 3, 459–485. https://doi.org/10.1353/pbm.1960.0020
[5]ENGEL G. L. (1958). Psychogenic pain. The Medical clinics of North America, 42(6), 1481–1496. https://doi.org/10.1016/s0025-7125(16)34200-6

Twitterでフォローしよう