最大の課題
John David Loeserは「病因不明の慢性疼痛(pain of unknown etiology)」であったとしても、人によって診断が違うことを問題視していました[1]。診断はその医療者が使用する免許(カイロプラクティックやオステオパシーなど)が用いる治療法の種類を正当化するものとなっていました。
複数の医療者が同じ患者を異なる構造の病理に苦しんでいるとラベル付けし、異なる治療戦略を提案します。
この問題は現在も解決されていません。
診断に限らず、慢性疼痛治療に対する(あるいは急性疼痛でも)医療者がどこに病因を求めるかは人によって異なり、大抵は自身の信じる治療法が正当化されるように考えます。
慢性疼痛ではありませんが、ここに群盲象を評す興味深い例があります。
以下は歩き方について、直せる助言を求めたツイートです。
このぐにゃぐにゃな歩き方を直したいのですが、整体がいいのかウォーキングレッスンがいいのか…
— ちゃんまり@ナカモトフウフ (@mre_sun07) December 14, 2022
ここオススメだよ!または、うちで直せるよ!って情報お待ちしてます😭 pic.twitter.com/JjnfpIfIPB
これに対して様々な有資格者から異なる主張がありました。
以下にコメント欄、引用リツイートにあった助言を載せます。
専門ではありませんが多分、親指側でつま先立ち出来ないんじゃ無いですかね?
右足がつくときに左の骨盤が落ちてる、あるいは左のなで肩による体の左への傾きが原因かと考えます。
・扁平足で扁平足ではない
・外反母趾
・足が柔らかすぎる
・下肢の外旋、内ねじれ、下腿の外ねじれ
・骨盤の傾き、骨盤と背中が曲がっている
・脚長差、左長下肢
・骨の先天的な問題、骨の状態が気になる、四肢の構造異常
・中殿筋、腸腰筋など骨盤を安定させる筋が弱い。股関節の筋力が気になる。お腹の横にある筋が弱い。体幹の硬さ
・小脳の機能の問題
これらの助言に苦言を呈する医療従事者や整体師もいます。
ごめん。確かに面白い。笑
ツッコミどころ満載!
評価やり直した方が、、
ここで用いられた評価は恐らく全て妥当性や信頼性が検証されたものではありません。
例えば扁平足を評価するためには、扁平足を評価するために作成された方法(例えばFoot Posture Index-6など)があり、これらを使わず自身の信じる評価を用いると、「扁平足」「扁平足ではない」と矛盾することになります。このような矛盾はどちらも正しいことはなく、どちらかが間違っているかどちらも間違っています。
それにも関わらず、自分が正しいと思ってしまっているのが現状です。
この例に限らず、治療を担当した人は異なる主張によって可動域の改善、投薬量の減少、感情的な改善などを根拠に、治療を部分的に成功した、あるいはそれ以上であると主張します。
Waddellは「治療法の幅の広さは、私たちの無知を裏付けている。臨床実践のばらつきは、多くの患者が理想とはほど遠い治療を受けていることを示唆している。」とこの問題を取り上げました[2]。
肌感では明らかに他の治療に比べて効果的な治療法がない場合に、治療法や評価法にばらつきが見られ、似非医学も参入するケースが増え、妥当性のない評価も増えていきます。
例えば慢性腰痛の評価と治療は数え切れないほどあり、そのほとんどが効果が検証されていないか、検証され効果に臨床的意義がほとんどないとされています。一般的に推奨される運動療法も慢性腰痛を治す効果があるわけではありません。一方でハムの肉離れ予防法は高い効果があることが分かっているノルディックハムストリングスがあるため予防法がそれほどばらつくことはないように見えます[4][5]。
骨格筋痛に対して価値が不明な治療を提供する理学療法士の割合の中央値が1990年から1999年に41%、2000年から2009年に55%、2010年から2018年に70%と増加していることは明らかに他の治療に比べて効果的な治療法がないことを反映しているのかもしれません[3]。
Brandolini’s Law
新しい治療法を模索することは確かに臨床をより良くするために必要なことですが、同時にそれらが間違っている可能性を常に追求しなければ、膨大な量の効果・価値が不明な治療で埋め尽くされることになります。
Brandolini’s Lawとは「でたらめに反論するためには、それを作るのに必要なエネルギー量よりも、桁違いに大きいエネルギーが必要である」ことを表す経験論です[6]。
これに則れば、気軽に新しい治療法を提案することの責任がどれだけ重大か認識できます。
例えば骨盤矯正を提案するのは簡単ですが、それの是非を問い反論するためには膨大な論点と根拠を用いることになります。
解決するには?
信頼性や妥当性が高い手段、効果が検証されている手段を用いると臨床的なばらつきが少なくなります。
・信頼性(Reliability):測定値の一貫性や再現性
・妥当性(Validity):意図した目的をどの程度果たすか
とある検査Aを2回反復して行ったときにどれだけ誤差がでるか?は信頼性です。
人によって検査結果が異なることや、最初の検査と数日後の検査時に誤差が大きくなる検査は使用する利点がほとんどないどころか誤差を治療効果と錯覚してしまう欠点があります。
また検査に信頼性があっても検査結果が、思った通りの対象を検査できていなくても意味がありません。
例えば肩関節インピンジメント症候群の検査法である、Hawkins-Kennedy testやNeer testは肩峰下のインピンジメントを誘発すると考えられてきましたが、解剖学的研究では肩峰下よりもむしろ関節窩側の接触の方が頻度が高く、妥当性が疑問視されています[7][8]。
治療法も検証されてない治療(効果不明な治療)、検証されて効果がないと示された治療(臨床的意義のない治療)、効果があると示された治療、検証過程で証拠不十分な治療があり、優先順位は効果があると示された治療が高くなるのが自然です。
院のオピニオンリーダーはこれらの情報を積極的に集めることで、「なぜその検査・治療を選択したいの?」「なぜこの検査・治療を選択しなかったの?」という質問に客観的な情報から答えることができ、それを部下に広めることで組織的に足並み揃った介入ができます。
このような情報は医学書(日本のだけだとあまり記載されてないかも)や論文を読むことで入手できます。
医療者が勉強する必要があるのは、検査や治療の手段だけでなく、それがどれだけ信頼でき、妥当であるかです。
この2つのポイントは見逃されることが多いと感じます。
参考文献
[1]Loeser, J. D. (1991). What is chronic pain? Theoretical Medicine, 12(3), 213–225. https://doi.org/10.1007/bf00489607[2]Waddell, G. (2004). The back pain revolution. Churchill Livingstone.
[3]Zadro JR, Ferreira G. Has physical therapists' management of musculoskeletal conditions improved over time? Braz J Phys Ther. 2020 Sep-Oct;24(5):458-462. doi: 10.1016/j.bjpt.2020.04.002. Epub 2020 May 5. PMID: 32387047; PMCID: PMC7563797.
[4]Al Attar, W. S. A., Soomro, N., Sinclair, P. J., Pappas, E., & Sanders, R. H. (2017). Effect of Injury Prevention Programs that Include the Nordic Hamstring Exercise on Hamstring Injury Rates in Soccer Players: A Systematic Review and Meta-Analysis. Sports medicine (Auckland, N.Z.), 47(5), 907–916. https://doi.org/10.1007/s40279-016-0638-2
[5]Impellizzeri, F. M., McCall, A., & van Smeden, M. (2021). Why methods matter in a meta-analysis: A reappraisal showed inconclusive injury preventive effect of Nordic hamstring exercise. Journal of Clinical Epidemiology, 140, 111–124. https://doi.org/10.1016/j.jclinepi.2021.09.007
[6]https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%81%AE%E6%B3%95%E5%89%87
[7]Tucker S, Taylor NF, Green RA. Anatomical validity of the Hawkins-Kennedy test--a pilot study. Man Ther. 2011 Aug;16(4):399-402. doi: 10.1016/j.math.2011.02.002. Epub 2011 Mar 4. PMID: 21377402.
[8]Valadie AL 3rd, Jobe CM, Pink MM, Ekman EF, Jobe FW. Anatomy of provocative tests for impingement syndrome of the shoulder. J Shoulder Elbow Surg. 2000 Jan-Feb;9(1):36-46. doi: 10.1016/s1058-2746(00)90008-9. PMID: 10717861.