肩の外転角度の違いによって外旋制限因子を特定できるか?

肩甲下筋の基礎

肩甲上腕関節は可動範囲が高い代わりに不安定になりやすい構造で、骨・関節唇・靭帯といった静的安定化機構と、筋による動的安定化機構で支えられています。

動的安定化機構であるローテーターカフ(棘上筋・棘下筋・小円筋・肩甲下筋の腱及び周囲の軟部組織によって構成される)はカフ(袖口)と名前に付くように、上腕骨頭周囲を袖口状に囲って安定化しています。

棘上筋・棘下筋・小円筋・肩甲下筋は構造的に連結しているため、作用を完全に分離することはできませんが、主に棘上筋が骨頭の上面、棘下筋が上面から後面、小円筋が後面、肩甲下筋が前面を覆っています。

そのため肩甲下筋は外旋の制限因子であり骨頭の前方安定化構造であると考えられています。

名称 肩甲下筋
英語表記 Subscapularis muscle
略称 SSC
起始 肩甲下窩
停止 上腕骨小結節
支配神経 上・下肩甲下神経
分節 C5-C6
作用 肩関節の伸展・内旋、骨頭の安定化
栄養 肩甲上動脈、腋窩動脈、肩甲下動脈

外転位での肩甲下筋

Ovesenらは、前方安定化構造である肩甲下筋と関節包を連続的に切断した後、外旋の増分を測定し肩甲下筋と関節包の役割を調査しました[1]。

結果として肩甲下筋や関節包近位の切断ではわずかしか外旋が増加しませんでした。一方で関節包の中央部まで切断すると特に外転20-40度で外旋は顕著に増加しました。20度以上の外転では外旋の増加量が減少しており、これは上腕骨を20度以上外転させると遠位関節包が締まることを表しています。

前方関節包をすべて切断した場合、外転40度で外旋が最大となり、外転30度では前方亜脱臼が観察されました。この時、肩甲下筋の下で上腕骨頭が前方に移動していることが確認されたため肩甲下筋が関節を安定させるのは外転の最初の部分だけのようです。

上腕骨頭が前方脱臼しやすい、外転位では肩甲下筋の作用は大きく影響しない可能性があります。
一方で関節包遠位部は外転時に前方脱臼を防ぐ重要な構造であることがわかりました。

またこの研究は関節包の拘縮時に外旋の制限に大きく寄与することを示唆します。外転20度での外旋は特に関節包の前中央部、外転90度での外旋は関節包下部が制限している可能性があり、この情報は制限部位の検査結果を解釈するための助けになります。

ただし他の構造も制限因子になっている可能性もあるため、この肢位で制限があったとしてもこの部位が制限因子であると確定することはできません。

臨床的に重要なこととして、外転0度の外旋制限に対して他の肢位(例えば外転90度)で外旋エクササイズが用いられることがありますが、肢位が変われば伸張部位が変わるため制限因子となる部位を伸張できてないことがここからわかります。言われてみれば当たり前のことですが案外見落としがちなポイントです。

またストレッチは無批判に伸張すれば可動域が上がると思って用いられがちですが、ストレッチによって可動域が上がる報告は主に健常者に対するもので、4-72週間のストレッチは拘縮に対して可動域を1-3度しか向上させないという報告もあり、拘縮した組織にストレッチをしても臨床的意義はないかも知れません[2]。楽観的には拘縮前に拘縮予防としてストレッチを行う方が効果は期待できます(ただしこれも根拠不明)。

参考文献

[1]Ovesen J, Nielsen S. Stability of the shoulder joint. Cadaver study of stabilizing structures. Acta Orthop Scand. 1985 Apr;56(2):149-51. doi: 10.3109/17453678508994342. PMID: 4013704.
[2]Harvey LA, Katalinic OM, Herbert RD, Moseley AM, Lannin NA, Schurr K. Stretch for the treatment and prevention of contracture: an abridged republication of a Cochrane Systematic Review. J Physiother. 2017 Apr;63(2):67-75. doi: 10.1016/j.jphys.2017.02.014. Epub 2017 Mar 14. PMID: 28433236.

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