関節可動域(ROM)検査で用いられる理論

可動域検査では「Active Range of motion(AROM)」「Passive Range of motion(PROM)」と大きく分類して臨床思考に用いられることがあります。

他の分類方法もありますがここではAROMとPROMのみにフォーカスします。

理論

AROMは随意的な筋収縮を伴う動作の可動域であり、PROMは"随意的な"筋収縮を伴わない動作の可動域という特徴の違いから、AROMと PROM同じ関節に対して行い、その結果の可動域の差からROMの減少が推測されます。
具体的にはAROMとPROMを比べた時にAROMが大きく減少して見れる場合には、静的な可動域制限ではなく、動的なあるいは機能的な要因で可動域制限が生じていると考えられ、AROMと PROMどちらも減少していれば静的な可動域制限因子を想定します。
肩関節屈曲の例
条件①:座位で肩関節を自動的に屈曲する
条件②:座位で肩関節を多動的に屈曲する
結果①:自動運動でのみ可動域制限がみられた
▶︎考察:静的な可動域制限因子は存在しない、動的な因子により制限される
結果②:自動運動でも他動運動でも可動域制限が見られた
▶︎考察:静的な可動域制限因子が存在する

この考え方はFFD(Finger floor distance:いわゆる立位体前屈)がハムの伸張性(Extensibility)を検査するものではないという考察に関連しています。

前屈するとハムあたりのツッパリ感があるのでハムの制限によるものだとされがちですよね
最も分かりやすい例は、FFDで可動域制限が見られるにも関わらず、PassiveSLRでは可動域制限が見られない現象です。
PassiveSLRは基本的には股関節の可動域の検査をしています。
となるとPassiveSLRで制限が生じていない時点でFFDの可動域制限はその他にあると考えることができます。
このように可動域検査は「Passiveではどうか?」「Activeではどうか?」のどちらも検査することでより深い考察に繋がります。
上記した理論が仮にただしいとするなら、臨床的な介入はさらに展開することができます。
結果として、可動域制限因子を動的なものとした場合は、動的な要素を改善することで可動域制限を解決することができ、静的な可動域制限があるとした場合には動的な要素への介入自体は直接的な可動域制限の解決のメカニズムにはならないはずです。動的な因子が可動域制限因子であるのなら、一般的な関節可動域訓練であるStretchingやStrength training[Afonso, José et al.,2021]を行う必要なく関節可動域制限を解決できるはずです。
FFDの例を挙げるのであれば、FFDで可動域制限があり、PassiveSLRで可動域制限がない場合、なんらかの動的な因子が働いている可能性があり、さらなる仮説を立てて、「重心移動が上手くいっていないのではないか?」「Control stabilityが上手く働いていないのではないか?」というような要素に介入することができると思われます。

注意したいのはこれは仮定を根拠にした仮定であるため、確実性は担保されていませんね。
ここで紹介した理論は、仮定であるということを前提に、PassiveとActiveに分けることのできる動作であれば全身に応用することができます。
が、この理論では注意すべきことがいくつかあります。

注意点①

FFDの例が分かりやすいですが、PassiveとAcitiveを分ける時に検査肢位を大きく変える場合は、検査肢位が可動域変化に影響している可能性が十分あります[Sabari JS et al.,1998]

このような肢位の違い自体を考察に加えられることもあります。例えば立位での動作と仰臥位での動作は重力のかかる方向が異なります。仰臥位でできる動作が立位になるとできなくなる場合重力下にいる場合のみ上手く働いていない要素があるといったものです。

そのためPasiiveとActiveは関与する変数を減らすという意味で同一肢位が適切です。
さきほどFFDとPassiveSLRを比較しましたが、より類似性(similarity)を持たせるなら座位での体幹前屈で比較した方が良いかも知れません。

注意点②

この理論は疼痛治療やトレーニングで使われることが多いと思われますが、Joint by joint同様に臨床的に関与するようなあらゆる変数を楽観的に排除したものなので、この理論を信用して臨床応用するのはリスクを伴います。

考えられるリスクとしては、「生物医学モデルのレッテル貼りによる不要な介入の増加と不適切な信念の植え付け」「Over testingによるコストの増加」が典型的かと思われます。

しばしば医療従事者は「More is better(多ければ多いほど良い)」という信念を抱えており、過剰なテストをする傾向があります。が、より多い検査はより深い考察を与えるものでもなければ、より良い予後を与えるものではありません。
このような不確定要素の多い理論の適応をするときは、「More Is Not Better(より多いことはより良いことではない)」ことに留意すべきです。

注意点③

この理論は痛みの原因についてのヒントを与えるものではありません。

本質的にこの理論は可動域制限の原因に、「信用できる訳ではない洞察を与えてくれる」という点で臨床的にヒントを与えてくれますが、それが痛みの原因と考えるのはさらなる楽観的な変数の排除となります。

先ほどの例を用いると、腰痛がある患者に対し、FFD→PassiveROM検査を行い、股関節に静的な屈曲制限因子があると推測したとします。生物医学モデルである運動病理学モデル[Cholewicki J et al.,2019]に基づくのであれば、この屈曲制限は腰椎の過剰屈曲という代償動作を引き起こし、腰痛を発症させるという考察を生みそうではありますが、これはそれ以外の因子を全て考察から外しているため、楽観的すぎます。

参考文献

  • Afonso, José & Ramirez-Campillo, Rodrigo & Moscão, João & Rocha, Tiago & Zacca, Rodrigo & Martins, Alexandre & Milheiro, André & Ferreira, João & Sarmento, Hugo & Clemente, Filipe. (2021). Strength training is as effective as stretching for improving range of motion: A systematic review and meta-analysis.. 10.31222/osf.io/2tdfm.
  • Cholewicki J, Breen A, Popovich JM Jr, et al. Can Biomechanics Research Lead to More Effective Treatment of Low Back Pain? A Point-Counterpoint Debate. J Orthop Sports Phys Ther. 2019;49(6):425-436. doi:10.2519/jospt.2019.8825
  • Sabari JS, Maltzev I, Lubarsky D, Liszkay E, Homel P. Goniometric assessment of shoulder range of motion: comparison of testing in supine and sitting positions. Arch Phys Med Rehabil. 1998 Jun;79(6):647-51. doi: 10.1016/s0003-9993(98)90038-7. PMID: 9630143.

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