過度に恐れられた椎間板【椎間板の作用と強さ】

椎間板は恐怖の対象となっている

まず大前提として椎間板以前に「背中は傷つきやすいと思う」人はニュージーランドの調査で89.3%と多く[1]、本邦における調査では2019 年国民生活基礎調査[2]を参照すると、男性では「腰痛」での有訴者率が最も高く、次いで「肩こり」、「鼻がつまる ・鼻汁が出る」、女性では「肩こり」が最も高く、次いで「腰痛」、「手足の関節が痛む」と実際腰痛を抱えている人は多いため、「傷つきやすい」信念に繋がっていると思われます。

ここで注意したいのは、有訴者が多いことは「傷つきやすい」と同義にはならないということです。
痛み=損傷という不適切な考えは医療において長年利用されてきており、腰痛があれば腰が傷ついていると考えられる傾向があります(ちなみに痛みの定義の付記には「痛みと痛覚は異なる現象であり、痛みの経験を感覚経路の活動に還元することはできない」と書かれている[5])。しかし特に慢性腰痛は侵害受容性疼痛ではないと考えられるケースもあり(例えば痛覚変調性疼痛)、腰痛があるからといって損傷していると捉えるのは不適切です。

腰痛は他にも不適切な信念で溢れています[4]。
・腰痛は通常、重篤な病状である
・腰痛は持続的で、晩年には悪化する
・持続的な腰痛は、常に組織の損傷と関係している
・腰痛の原因を検出するには常にスキャンが必要である
・運動や動作に関連した痛みは常に脊柱に害が及んでいることの警告であり活動を停止または変更するための信号である
・腰痛は弱い「Core」筋が原因で、強いコアを持つことで将来の腰痛を防ぐことができる
・腰痛は、座ったり、立ったり、持ち上げたりするときの悪い姿勢が原因である
・脊椎に繰り返し負荷がかかると、"すり減り "や組織の損傷が起こる
・痛みの悪化は組織損傷のサインであり、安静が必要である
・強い薬、注射、手術などの治療は腰痛の治療に有効であり必要である。

その中でも椎間板は心理的に厄介な存在です。
慢性腰痛を持つ患者の中には、実際に正しいかに関わらず「椎間板」が原因と言われていたり、そうは言われていなくても画像検査で「椎間板が膨らんでいる」と言われて自身の椎間板が問題なんだと考える患者をよく目にします。

また医療者やトレーナーは持ち上げ動作の指導が腰痛予防の効果があるという証拠がない[3]にも関わらず、頻繁に腰椎の屈曲姿勢を悪いもの扱いする運動指導を行い、その理由として椎間板への負荷を挙げます。

椎間板とキネシオフォビア

このように過剰に椎間板を強調する現代の医療は運動恐怖(キネシオフォビア)を誘発する可能性があります。
キネシオフォビアは骨格筋痛には一般的に見られ[7]、骨格筋痛に携わる医療者にとっては身近な存在です。

キネシオフォビアはFear of movement (FOM)とも呼ばれ、キネシオフォビアによって身体的に活動的でなく、抑うつ状態に陥る可能性が高いと考えられています。そして恐怖のためリハビリが上手く行えず、回復のための日常生活も活動的ではないため、正常な組織の治癒を遅らせ、回復を妨げることが予想されます[6]。

臨床においては、過度な活動制限や安静を避けるためやリハビリ運動を促進するため、心理的な負荷を軽減するためにも安心感を与えることは大切です。そのため椎間板に過度な恐怖心・不安感を持っている患者にはどのように説明するのが良いでしょうか?
椎間板の機能から考えていこうと思います。

ちなみに椎間板のヘルニアモデルは説明のためにはわかりやすいですが、ヘルニアではない患者にもある程度恐怖心を誘発させると思うのであまりこの模型を使った解説動画が広まるのはマイナスな影響が懸念されます。

椎間板の機能

椎間板は荷重を伝えるのと同時にショックアブソーバーとしても働きます。椎間板における荷重伝達の仕組みは、以下のようになっています。
①荷重による圧縮で髄核の圧力が上昇する。
②髄核は流体であるため、圧力を受けると変形するが、流体であるため体積を圧縮することはできない。そのため圧力がかかった際、髄核は変形しようとし圧力が全方向に伝わる。
③この圧力は髄核を取り囲んでいる繊維輪に伝わり繊維輪の張力が上昇する。

④繊維輪は通常、非常に厚く丈夫であるため外方向に膨らむ髄核に抵抗する。
⑤繊維輪の抵抗により髄核は外方向に広がることができず、髄核が椎体終板を圧迫する。
⑥終板への圧力が次の椎骨へと荷重を伝える。

このように繊維輪と髄核がともに作用することで、荷重を伝達することができます。

しかしなぜこのような回りくどい荷重の伝達方法を行なっているのでしょうか。
それは椎間板のショックアブソーバー作用に関連してきます。
椎間板に急激な負荷がかかると繊維輪が一瞬伸張します。一瞬の伸張はすぐに元に戻り、次の椎骨に負荷は伝達されますが、この一瞬の伸張により伝わるスピードは減衰します。このように次の椎骨への伝達スピードを遅くすることで下にある椎骨に一度にかかる負荷を減らし保護しています。

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椎間板の強さを説明する

患者に安心感を与える方法の1つは椎間板の強さを伝えることでしょう。

椎間板に限らず、腰部構造は「傷つきやすい」と思われがちなのでこの信念を払拭させるために強さを伝える説明は日常的に行なっていきたいです。
椎間板の話は後からしますが、基本的に患者に病態を説明する時はわかりやすいように悪い部分が強調されて伝えられたり(前述のヘルニアモデル)、説明に関係ない組織は除外されるのが一般的です。例えば腰痛の際に説明に使われる腰椎模型は筋も靭帯も除外されています。そのような模型をみせられたら腰椎はあまり保護されていない=いわゆる「歪みやすい」構造と認識されてもおかしくありません。

しかし靭帯を合わせると強固な構造に見えてきます(↓の動画参照)。

 

そして(諸説ありますが)、体の中でも最も強い靭帯と言われる骨間仙腸靭帯があると説明すればより強い印象がつくのではないでしょうか。

椎間板に話を戻します。
「椎間板が負荷によって損傷しやすい」「すぐヘルニアにある」「飛び出る」といったイメージがあると思います。

ではイメージしてみてください。(必要に応じて患者にイメージして伝えてもらうのも良いと思います)

「椎間板に40kgの圧力がかかると椎間板はどれだけ『飛び出る』と思いますか?」
「椎間板に100kgの圧力かかると椎間板はどれだけ『飛び出る』と思いますか?」

ちなみに腰椎椎間板の高さは約7-10mmで、体重70-80kgの人が直立姿勢をした時に40kgの圧がかかると言われています。

答えは40kgで0.5mm、この圧力が100kgになったとしても0.75mmしか飛び出ません[8]。高さは40kgで1mm、100kgで1.4mm減少します。そしてこの負荷がなくなれば椎間板は元に戻ります

臨床を想定してみましょう。
急性腰痛後痛みが緩和した後の患者です。

患者「腰を曲げるのは少し怖いです」
医療者「腰を曲げた時にまだ痛みは出ますか?」
患者は「痛みはないですけど、痛みがまた出そうで怖いです」
医療者「あれだけ強い痛みがあった後だとどうしても怖いですよね。強い腰痛の後に腰を曲げるのが怖いという患者さんは結構います。○○さんが怖いと思う理由を聞いてもいいですか?」
患者「腰を曲げるとヘルニアになりやすいってよく聞くので」
医療者「確かに。よく聞きますよね。○○さんとしては今後極力腰を曲げない生活と、曲げても良い生活どちらが良いですか?」
患者「曲げてもいいなら曲げたいです」
医療者「なるほど。確認になりますが、○○さんのことを言ったことを私が上手く理解できているのなら、腰は曲げたいけど怖いから躊躇してしまうということで合っていますか?」
患者「はい」
医療者「それなら、○○さんに是非知ってもらいたいことがあります。」
→椎間板の強さの説明と屈曲と腰痛の関係についての説明へ

このような説明は自分の言葉でした方が伝わりやすいので、臨床では自分がしやすいと思う説明方法が良いと思います。
患者の不安を煽らない、そして安心感を与える方法は疾患とそれに対する信念、そして患者の数だけパターンがあります。

医療者の役割として、痛みを減らすだけでなく機能や活動、情動にも目を向けた介入を心がけていきたいものです。

参考文献

[1]Darlow, Ben & Perry, Meredith & Stanley, James & Mathieson, Fiona & Melloh, Markus & Baxter, G D & Dowell, Anthony. (2014). Cross-sectional survey of attitudes and beliefs about back pain in New Zealand. BMJ open. 4. e004725. 10.1136/bmjopen-2013-004725.
[2]https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa19/index.html
[3]Martimo, K. P., Verbeek, J., Karppinen, J., Furlan, A. D., Takala, E. P., Kuijer, P. P., Jauhiainen, M., & Viikari-Juntura, E. (2008). Effect of training and lifting equipment for preventing back pain in lifting and handling: systematic review. BMJ (Clinical research ed.), 336(7641), 429–431. https://doi.org/10.1136/bmj.39463.418380.BE
[4]O'Sullivan, P. B., Caneiro, J. P., O'Sullivan, K., Lin, I., Bunzli, S., Wernli, K., & O'Keeffe, M. (2020). Back to basics: 10 facts every person should know about back pain. British journal of sports medicine, 54(12), 698–699. https://doi.org/10.1136/bjsports-2019-101611
[5]Raja, S. N., Carr, D. B., Cohen, M., Finnerup, N. B., Flor, H., Gibson, S., Keefe, F. J., Mogil, J. S., Ringkamp, M., Sluka, K. A., Song, X. J., Stevens, B., Sullivan, M. D., Tutelman, P. R., Ushida, T., & Vader, K. (2020). The revised International Association for the Study of Pain definition of pain: concepts, challenges, and compromises. Pain, 161(9), 1976–1982. https://doi.org/10.1097/j.pain.0000000000001939
[6]Leeuw, M., Goossens, M. E., Linton, S. J., Crombez, G., Boersma, K., & Vlaeyen, J. W. (2007). The fear-avoidance model of musculoskeletal pain: current state of scientific evidence. Journal of behavioral medicine, 30(1), 77–94. https://doi.org/10.1007/s10865-006-9085-0
[7]Perrot, S., Trouvin, A. P., Rondeau, V., Chartier, I., Arnaud, R., Milon, J. Y., & Pouchain, D. (2018). Kinesiophobia and physical therapy-related pain in musculoskeletal pain: A national multicenter cohort study on patients and their general physicians. Joint bone spine, 85(1), 101–107. https://doi.org/10.1016/j.jbspin.2016.12.014
[8]HIRSCH, C., & NACHEMSON, A. (1954). New observations on the mechanical behavior of lumbar discs. Acta orthopaedica Scandinavica, 23(4), 254–283. https://doi.org/10.3109/17453675408991217

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