ストレッチって胸郭出口症候群に効果あるの?

「胸郭出口症候群 ストレッチ」はGoogleで月に4,400回検索されているため、本邦における胸郭出口症候群患者さんはセルフケアの手段としてストレッチを最も利用していると推測できます。

同時に治療を受けている患者さんには「ストレッチって胸郭出口症候群に効果あるの?」という疑問が生じ、医療者はそれに答えるための知識を持ち、想像や勘、予想や臨床経験だけでなく、ストレッチの効果を検証した研究ではどのような結果となっているかまで把握しておくことで医療者も患者さんもより治療を根拠を持って選択できるようになります。

胸郭出口症候群のストレッチの有効性を調査した研究はかなり少ない

胸郭出口症候群の保存療法にはよくストレッチが含まれていますが、胸郭出口症候群に対するストレッチの効果を検証した研究は少なく、ストレッチ+別の治療はまだ見つかりますが、ストレッチ単独の効果を調査したものはかなり少なくなります。

例えば2015年アメリカのWA Department of L&Iは「胸郭出口症候群の診断と治療に関するガイドライン」を出しており、その中で「多くの場合、手術の治療成績は不良であるため、ストレッチングや筋力強化運動などの保存的介入を最初に考慮すべきである。」と推奨していますが、その根拠は十分示されていません[1]。
根拠が不十分な理由はガイドラインにも記載されているように「保存的治療の有効性を測定するためのRCTは実施されていない。」ことに起因します。

それでもこのガイドラインでストレッチを推奨するに至った報告は1報存在します。

胸郭出口症候群に対するストレッチ(を含めた介入)の効果

Hanifら(2015)は神経原性胸郭出口症候群患者を対象に6ヶ月の運動プログラム(ストレッチとストレングストレーニング)の効果を調査しました[2]。

被験者:神経原性胸郭出口症候群患者50名(女性37名、男性13名)
包含基準:ルーステスト陽性、電気生理学的検査陽性、患者の意志
除外基準:糖尿病、過去に首周囲の外傷/手術を受けた患者、レイノー現象や指のチアノーゼなどの血管原性症状を伴う、アドソン検査と肋鎖検査の陽性に基づく血管原性胸郭出口症候群、神経伝導検査で診断された多発性神経障害および手根管症候群の併存、重度の胸郭出口症候群

ストレッチを含む運動プログラムの内容

傍脊柱筋(paraspinal muscle)、肩甲骨筋(scapular muscle)、僧帽筋の積極的なストレングス運動と胸鎖乳突筋、前斜角筋、大胸筋のストレッチ運動が含まれました。
しかし具体的な筋名と具体的な運動の仕方、1セッションの運動の回数や強度についての記載はありませんでした。
特に肩甲骨筋は該当する可能性のある筋が多いためどの運動を想定しているか予想するのが難しいです。別の肩甲骨筋の運動と表現した研究では僧帽筋・前鋸筋のことを指していました[3]が、Hanifらは肩甲骨筋と僧帽筋を別に表記しているため肩甲骨筋が示す筋は人によって異なります。
またPhysiotutorsは「Scapula Strengthening Exercises」と題してInferior glide・Low row・Lawn mower・Robberyを行っており、上記の全く肩甲骨筋とは異なる解釈です[4]。

これらの運動は1日1回、週に4日、6か月間行われました。

今回はストレッチの話なので、ストレッチの内容を再現します。

<左胸鎖乳突筋のストレッチ>
<左前斜角筋のストレッチ>
<右大胸筋のストレッチ>

 

疼痛強度の変化

運動開始前の平均疼痛強度(VAS)は5.8±1.47でしたが、3か月間の運動プログラム後は3.3±1.9となり、6ヶ月後の平均VASは1.9±1.9まで減少しました。ベースラインと6ヶ月後の疼痛強度の差は3.9で有意差(<0.0001)が見られました。

ベースライン 3ヶ月後 6ヶ月後
VAS 5.8±1.47 3.3±1.9 1.9±1.9

また3ヶ月の時点で7人(14%) の患者は完全な回復を示し、16人(32%) は顕著な改善を示し、17 人 (34%) は部分的な改善を示しましたが、10人(20%)は改善が見られませんでした。
6ヶ月の時点で17人(34%)の患者は完全な回復を示し、14人(28%)は顕著な改善を示し、16人(32%)は部分的な改善を示しましたが、3人(6%)は改善が見られませんでした。

それぞれの回復の定義は以下の通りでした。
完全回復:痛みがなく(VAS=0)、尺骨神経の神経伝導速度が正常
顕著な改善:VAS=1~3で、神経伝導速度のグレードが少なくとも1段階改善した
部分的な改善:VAS=4~6で、神経伝導速度のグレードが少なくとも1段階改善した

臨床的意義

この研究は比較試験ではないため、治療しない場合や他の治療と比べてストレッチを含めた運動プログラムが有効か判断することはできません。
とはいえ少なくともベースラインから6ヶ月間で大きな痛みの改善が見られたため、胸郭出口症候群の利用できる弱い根拠となります。

参考文献
[1]Franklin G. M. (2015). Work-Related Neurogenic Thoracic Outlet Syndrome: Diagnosis and Treatment. Physical medicine and rehabilitation clinics of North America, 26(3), 551–561. https://doi.org/10.1016/j.pmr.2015.04.004
[2]Hanif, S., Tassadaq, N., Rathore, M. F., Rashid, P., Ahmed, N., & Niazi, F. (2007). Role of therapeutic exercises in neurogenic thoracic outlet syndrome. Journal of Ayub Medical College, Abbottabad : JAMC, 19(4), 85–88.
[3]Sethi K, Noohu MM. Scapular muscles strengthening on pain, functional outcome and muscle activity in chronic lateral epicondylalgia. J Orthop Sci. 2018 Sep;23(5):777-782. doi: 10.1016/j.jos.2018.05.003. Epub 2018 Jun 28. PMID: 29958726.
[4]https://youtu.be/_94If_xw7Lg?si=kozr-kB9ByQxeVS2

記事情報

  • 公開日:2023/09/19
    参考文献を除く本文:2099文字
    参考文献を含む本文:2751文字
    画像:3枚
  • 最終更新日:2023/09/19
    更新情報無し

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本記事は一介の臨床家が趣味でまとめたものです。そのため専門的な文献に比べ、厳密さや正確性は不十分なものとなっています。引用文献を参照の元、最終的な情報の取り扱いは個人にお任せします。誤りや不適切な表現を見つけた際、誤字を修正した場合、追記した時には「記事情報」に記述します。

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