胸郭出口症候群

胸郭出口症候群(TOS:Thoracic Outlet Syndrome)は、「胸郭出口レベルでの血管または神経の圧迫または絞扼に起因する徴候および症状によって発現するいくつかの疾患の1つ」と定義されます[2]。典型的には上肢の痛み、感覚異常、脱力感を特徴とします。上肢の挙上や頭頸部の過度な動きによって悪化することがあります。

胸郭出口症候群は、動脈性(arterial)・静脈性(venous)・神経原性(neurogenic)の3つのカテゴリーに分けられます。この3つのカテゴリーは治療法も異なり、自然歴や転帰も異なるため、区別することが重要です。
神経原性胸郭出口症候群(nTOS)はさらに腕神経叢損傷の証拠を示す電気診断検査(EDS:Electrodiagnostic study)の異常、つまり客観的な証拠が必要な真の神経原性胸郭出口症候(true nTOS)と電気診断検査で異常が見られないdisputed nTOSに分けられますがTrue TOSとDisputed TOSという用語は、もはや有用ではなく、歴史的な興味に過ぎず、使用すべきではないと主張されています[2]。

nTOSの診断基準

nTOS は、次の4つの基準のうち3つが満たされることによって定義されます[3]。
1. 局所の所見
a. 既往歴:胸郭出口付近の関連痛による症状とともに、圧迫部位—例えば斜角筋隙、小胸筋症候群の場合は小胸筋停止部位の刺激や炎症と一致する症状がみられる。患者は、胸壁、腋窩、上背部、肩、僧帽筋部、頚部、頭部(頭痛を含む)の痛みを訴える。
b. 検査:上記のような患部の触診による疼痛
2. 末梢の所見
a. 病歴: central nerve compressionと一致する上肢の症状。このような症状には、しびれ、疼痛、知覚異常、血管運動変化、脱力(極端な場合は筋力低下を伴う)が含まれる。
i. これらの末梢症状は、胸郭出口を狭めたり(上肢を頭上に挙上する)、腕神経叢を伸張させるような操作(ぶら下がる;しばしば運転や歩行/ランニング)によって悪化することが多い。
b. 患部(斜角筋隙や小胸筋停止部)を触診すると、末梢症状を再現することが多い。
i. 末梢症状は、斜角筋隙を狭める(EAST)、または腕神経叢を伸張させる(ULTT)と考えられる症状の誘発テストによって、しばしば出現または悪化する。
3. 症状の大部分を説明する可能性のある他の診断(頸椎椎間板疾患、肩関節疾患、手根管症候群、CRPS、腕神経叢炎)がない。
4. このような症例では、適切に実施されたTest Injectionに対する反応が陽性である。
さらに、ほとんどの患者は症状が長期化し(6ヵ月以上)、時間の経過とともに悪化し、外傷歴があるが、これらの因子は診断に必須ではない。

胸郭出口症候群の検査法の偽陽性率

Plewaら(1998)は健常者53名に胸郭出口症候群の検査法であるAdson's test、costoclavicular maneuver、elevated arm stress tes、supraclavicular pressureを行いどの程度陽性所見が現れるか調査しました[1]。

アドソンテスト/ Adson's test(AT)

手を膝の上に置き、深く吸気し、頭頸部を患側に向けます。
この動作は前斜角筋と中斜角筋の緊張が高まり、斜角筋隙を狭くすることを想定しています。

 

 

Costoclavicular maneuver(CCM)

CCMでは肩を下後方に引き誇張されたミリタリー姿勢を取ります。
これは鎖骨と第一肋骨の間の空間を狭めることを想定しています。

 

Elevated arm stress test(EAST)/ Roos Test/ ルーステスト

EASTでは、左右の上肢を肩外転・外旋、肘屈曲位の状態
で、両手を開いたり閉じたりする動作を 3 分間行います。
このテストは肋鎖間隙(costoclavicular space)の空間を狭め、小胸筋の下の神経血管束が圧迫されることを想定します。前述したように斜角筋隙を狭めると書かれていることもあります。

 

Supraclavicular pressure(SCP)

SCPは検者の母指で鎖骨上窩の斜角筋を少なくとも30秒間圧迫します。
この検査は腕神経叢を間接的に圧迫することを想定しています。

 

各陽性所見の偽陽性率

各陽性所見毎の偽陽性率は以下の通りです。

<胸郭出口症候群の検査法における各陽性所見の偽陽性率>

検査 脈拍の変化 痛み 異常感覚 平均発症時間
AT 11% 0% 11% 21秒
CCM 11% 0% 15% 13秒
EAST 62% 21% 36% 89秒
SCP 21% 2% 15% 18秒

※AT:Adson's test、CCM:Costoclavicular maneuver、EAST:Elevated arm stress test、SCP:Supraclavicular pressure

健常者においてATとCCMでは痛みが現れる人はおらず、SCPは少数でした。そのため痛みを陽性所見とする時、これらの検査は偽陽性は出にくくなります。

一方で脈拍の変化や異常感覚を陽性所見とするとどの検査でも10%異常で偽陽性となり、EASTでは62%で偽陽性所見が現れます。

臨床的意義

この報告は具体的な感度や特異度などの情報を提供するものではないため、臨床的に利用するのであれば検査後確率の推定値を算出するための情報が記載された文献を参照する方が価値があります。

とはいえその前知識として胸郭出口症候群の検査は陽性所見によっては偽陽性がでやすいことを認識するのは大事なことです。

 

参考文献
[1]Plewa, M. C., & Delinger, M. (1998). The false-positive rate of thoracic outlet syndrome shoulder maneuvers in healthy subjects. Academic emergency medicine : official journal of the Society for Academic Emergency Medicine5(4), 337–342. https://doi.org/10.1111/j.1553-2712.1998.tb02716.x
[2]Illig, K. A., Thompson, R. W., Freischlag, J. A., Donahue, D. M., Jordan, S. E., Lum, Y. W., & Gelabert, H. A. (2021). Thoracic Outlet Syndrome. Springer.
[3]Illig, K. A., Donahue, D., Duncan, A., Freischlag, J., Gelabert, H., Johansen, K., Jordan, S., Sanders, R., & Thompson, R. (2016). Reporting standards of the Society for Vascular Surgery for thoracic outlet syndrome. Journal of vascular surgery, 64(3), e23–e35. https://doi.org/10.1016/j.jvs.2016.04.039

記事情報

  • 公開日:2023/09/17
    参考文献を除く本文:1263文字
    参考文献を含む本文:1675文字
    画像:4枚
  • 最終更新日:2023/09/17
    nTOSの診断基準を追記、誤字の修正
    参考文献を除く本文:2138文字
    参考文献を含む本文:2798文字
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【注意事項】
本記事は一介の臨床家が趣味でまとめたものです。そのため専門的な文献に比べ、厳密さや正確性は不十分なものとなっています。引用文献を参照の元、最終的な情報の取り扱いは個人にお任せします。

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