臨床的には腱板断裂を有していながらも動作も筋力も良好な患者さんを見かけることがあります。
また高齢者で無症候性腱板断裂で一般的であるにも関わらず、日常生活に支障を来していません。

直感的には外転筋である棘上筋が断裂すれば外転筋力が低下するか、外転ができなくなるを考えてしまいますが、この直感と臨床現象の矛盾は何なのでしょうか?

この疑問に答える1つの考え方は「Suspension bridge model」と呼ばれるものです。

なぜ腱板断裂症状で筋力低下しないケースがあるのだろうか?

Burkhartは1992年に「Suspension bridge model」を提唱しました[1]。

彼は5cm以上、つまり完全断裂の大きさに基づく分類であるCofield分類でいうところの広範囲断裂を有する12点の肩を対象に各患者の能動的な挙上・外旋・内旋動作を記録しました。

<腱板断裂のCofield分類>

小断裂 <1cm
中断裂 1-3cm
大断裂 3-5cm
広範囲断裂 >5cm

そして上腕骨が上腕骨頭の直径の50%を超える距離だけ前方または後方または上方に移動した場合に不安定であると判断されました。

6人の患者さんは正常な肩の動きを示しました。この6人は棘上筋とさまざまな程度の棘下筋断裂を有していました。2人の患者は前方および上方の亜脱臼を引き起こしました。彼らには棘上筋とPosterior rotator cuff(棘下筋と小円筋)全体に及ぶ断裂が見られました。

4 人の患者さんは、上腕骨頭が上方に亜脱臼する運動パターンを持っていました。彼らは棘上筋・Posterior rotator cuffの大部分・肩甲下筋の少なくとも半分が完全に断裂していました。

そのためBurkhartは孤立した棘上筋断裂があったとしても関節周囲の力の合成が維持でき、肩の機能が比較的維持されると考えました。
そして
断裂が前方(肩甲下筋)または後方(棘上筋下部か小円筋)にまで及んでいた場合、関節周囲の力の合成が乱れ機能が失われます。このように関節周囲の力の合成が維持できれば、たとえ大きな断裂があっても機能を維持できると考えるのが「Suspension bridge model」です。
<Suspension bridge model>
Clark、Neer、Ferrariらが報告しているようにローテーターカフ及び烏口上腕靱帯、上関節上腕靱帯は互いに連結しており、分離されないため各筋をばらばらの構造とみなすよりもSuspension bridge modelのように1つの構造体として考える方が断裂や作用の解釈としては適切かもしれません[2][3][4]。
<ローテーターカフを構成する腱同士の連結>
またBurkhartは断裂の縁は常に厚く、硬い皮(rindlike)のようなものだったと報告しています。これはRotator Cableとも呼ばれている構造です。
Rotator Cableもローテーターカフの複合的な機能に重要な役割を持っています。
Rotator Cableについては別でまた紹介します。
<rotator cable>

烏口上腕靱帯の基礎解剖学

烏口上腕靱帯はローテーターインターバル(rotator cuff interval)の構成要素です。
英語表記:Coracohumeral ligament
略称:CHL
付着部(近位):肩甲骨烏口突起基部外側
付着部(遠位):上腕骨の大結節と小結節
備考:前方では肩甲下筋腱へ、外方では大結節と小結節へ、下方では上関節上腕靱帯へ付着しています。

臨床的意義

このような解剖学的な理解は、筋力低下がない場合に無闇に断裂を除外してしまわないためにも必要な知識です。

しかしながら腱板断裂の整形外科学的検査では痛みよりも筋力低下を陽性所見として方が優れています。
例えば棘上筋腱断裂の検査法としても用いられるフルカンテストやエンプティカンテストは痛みよりも筋力低下を陽性所見とした方が優れています[6][7]。

フルカンテスト(Full can test)

<検査の手順>
1. 患者さんは肩甲平面上で90度まで挙上し拇指は天井を向くようにします。
2. 検者は手首に下向きの力を加え患者はそれに抵抗します
<陽性所見>
陽性の基準には痛み・筋力低下・痛み+筋力低下のいずれかが用いられます。

<Itoiら(1999)の報告[6]>

感度 特異度 陽性尤度比 陰性尤度比
痛み 66% 64% 1.83 0.53
筋力低下 77% 74% 2.96 0.31
痛み+筋力低下 86% 57% 2.00 0.25

<Sgroiら(2018)の報告[7]>

感度 特異度 陽性尤度比 陰性尤度比
痛み 58% 54% 1.25 0.79
筋力低下 79% 69% 2.58 0.30
痛み+筋力低下 91% 38% 1.48 0.23

エンプティカンテスト(Empty can test)

<検査の手順>
1. 患者さんは肩甲平面上で90度まで挙上し、拇指が床を向くように上肢を内旋します。
2. 検者は手首に下向きの力を加え患者はそれに抵抗します。
<陽性所見>
陽性の基準には痛み・筋力低下・痛み+筋力低下のいずれかが用いられます。

<Itoiら(1999)の報告[6]>

Itoiら(1999) 感度 特異度 陽性尤度比 陰性尤度比
痛み 63% 55% 1.40 0.67
筋力低下 77% 68% 2.41 0.34
痛み+筋力低下 89% 50% 1.78 0.22

<Sgroiら(2018)の報告[7]>

Sgroiら(2018) 感度 特異度 陽性尤度比 陰性尤度比
痛み 54% 61% 1.40 0.75
筋力低下 90% 46% 1.67 0.22
痛み+筋力低下 96% 31% 1.39 0.13

そのため筋力低下は腱板断裂における重要な所見であることは間違いありません。

 

参考文献
[1]Burkhart S. S. (1992). Fluoroscopic comparison of kinematic patterns in massive rotator cuff tears. A suspension bridge model. Clinical orthopaedics and related research, (284), 144–152.
[2]Clark, J. M., & Harryman, D. T., 2nd (1992). Tendons, ligaments, and capsule of the rotator cuff. Gross and microscopic anatomy. The Journal of bone and joint surgery. American volume, 74(5), 713–725.
[4]Neer, C. S., 2nd, Satterlee, C. C., Dalsey, R. M., & Flatow, E. L. (1992). The anatomy and potential effects of contracture of the coracohumeral ligament. Clinical orthopaedics and related research, (280), 182–185.
[5]Ferrari D. A. (1990). Capsular ligaments of the shoulder. Anatomical and functional study of the anterior superior capsule. The American journal of sports medicine, 18(1), 20–24. https://doi.org/10.1177/036354659001800103
[6]Itoi, E., Kido, T., Sano, A., Urayama, M., & Sato, K. (1999). Which is more useful, the "full can test" or the "empty can test," in detecting the torn supraspinatus tendon?. The American journal of sports medicine, 27(1), 65–68. https://doi.org/10.1177/03635465990270011901
[7]Sgroi, M., Loitsch, T., Reichel, H., & Kappe, T. (2018). Diagnostic Value of Clinical Tests for Supraspinatus Tendon Tears. Arthroscopy : the journal of arthroscopic & related surgery : official publication of the Arthroscopy Association of North America and the International Arthroscopy Association, 34(8), 2326–2333. https://doi.org/10.1016/j.arthro.2018.03.030

記事情報

  • 公開日:2023/09/29
    参考文献を除く本文:2319文字
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  • 最終更新日:2023/09/29
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