ハムストリングスの肉離れと再発

ハムストリングス損傷(Hamstring Injury)はほとんどの場合、選手がランニングやスプリントをしているときに起きます。ハムストリングス筋群は、その解剖学的な配置により、特に傷害を受けやすく、2つの関節(膝と股関節)に作用し、ハムストリングの長さに相反する作用があるため、また歩行やランニング、高速での急激な方向転換の際の減速に重要な役割を果たすため傷害を受けやすいと考えられています。ハムストリングスは、膝関節の伸展の減速から股関節の伸展に移行する動作の局面で大きな負担を負います。これに加えて、大腿二頭筋の2つの骨頭への神経供給が非同期刺激につながること、また2つの骨頭の付着部の解剖学的な差異により、ハムストリングスはより損傷しやすくなっています[1][2]。

この内、肉離れ(Muscle strain)は、裂傷や挫傷などの直接接触による損傷を除き、臨床的に特定できる筋群の損傷と定義されます[3]。 

ハムストリングス損傷も肉離れも、過去の既往歴は最も影響力がある最受傷のリスク因子であり、特に過去と同じシーズンと競技復帰直後から15週間は再発のリスクが高いため、再発予防に注力する必要があります[5][6][7]。

肉離れの再発予防:STST vs. PATS

Sherryら(2004)はハムストリングに急性の肉離れを起こした24人を対象に(STST)Stretching and strengtheningとPATS(progressive agility and trunk stabilization)プログラムの有効性を比較しました。

STSTの内容

STSTはストレッチとストレングストレーニングで構成されています。

プログラムはフェーズ1〜2に分かれています。

  • フェーズ1
    - 負荷のない低強度のフィットネスバイクを10分間、主に必要最小限の力で継続的に動かすことに重点を置く。
    - 仰臥位での股関節屈曲と膝伸展ストレッチ 4回×20秒
    - 立位での股関節屈曲と膝伸展ストレッチ 4回×20秒
    - 立位で椅子に足を乗せた状態でのハムストリングスのコントラクト-リラクセーションストレッチ  4回×10秒間の収縮と20秒間のストレッチ
    - 仰臥位で膝20°屈曲、膝60°屈曲位置で等尺性エクササイズ 10回×10秒間
    - 長座位で20分間アイシング
  • プログレッション基準
    進行基準:第1段階のエクササイズから、通常の歩行パターンで歩行し、痛みなくその場で膝高行進ができるようになった時点で、第2段階のエクササイズに移行した。
  • フェーズ2
    - 中強度のフィットネスバイク 15分
    - 中程度の速度のウォーキング 5分
    - 仰臥位での股関節屈曲と膝伸展ストレッチ 4回×20秒
    - 立位での股関節屈曲と膝伸展ストレッチ(体幹をゆっくり左右に回旋させながら)4回×20秒

    - 足首に重りをつけてProne leg curl 3×10回

    - 立位で膝伸展位でセラバンドの抵抗を使用した股関節伸展 3×10回
    - 体重をかけないFoot catch exercise 3×30秒
    遊脚側では、大腿四頭筋の素早い収縮を行い、ハムストリングの収縮によって膝関節の完全伸展に達する前に、下腿を停止させようとするため、ハムストリングの遠心性収縮トレーニングになります。

    - 高速動作なしの無症状練習
    - 局所の疲労や不快感の症状がある場合は、20分間アイシング

・低強度:通常の歩行以下かそれに近い運動速度
・中強度:通常の歩行よりは速いがスポーツほどではない運動速度
・高強度:スポーツ活動に近い運動速度

PATSの内容

プログラムはフェーズ1〜2に分かれています。

  • フェーズ1
    - 低強度~中強度のサイドステップ 1分×3回
    - 低強度~中強度のGrapevine stepping 1分×3回
    ※サッカー部がよくやってるやつ

    - 横移動しながらテープ・ラインの上を前進・後退する低強度~中強度のステップ 1分×2回
    - 片脚立ち(開眼から閉眼へ) 20秒×4回
    - プランク 20秒×4回
    - Supine Bridge 20秒×4回
    - サイドブリッジ、左右各20秒×4回
    - 長座位で20分間アイシング
  • フェーズ2
    - 中強度~高強度のサイドステップ 1分×3回
    - 中強度~高強度のGrapevine stepping 1分×3回
    - 横移動しながらテープ・ラインの上を前進・後退する中強度~高強度のステップ 1分×2回
    - Single-leg stand windmill touches 交互に反復して20秒×4回
    - Push-up stabilization with trunk rotation(Push-upの頂点からスタートし、片方の手でその体勢を維持しながら、反対の手の指先を天井に向けるように体幹を回旋させ、一時停止してスタートポジションに戻る)左右15回ずつ
    - Fast feet in place(足を地面から数センチだけ離し、速度を上げながらその場でジョギングする) 20秒×4回
    - Theraband Trunk Pull Down 左右15回×2
    - 高速動作なしの無症状練習
    - 局所の疲労や不快感の症状がある場合は、20分間アイシング

ハム肉離れの再発予防効果が高いのは?

受傷日からプログラム開始日までの平均時間は、PATSグループで 3.4 日(範囲、1 ~ 10 日)、STSTグループでは 4.1 日(範囲、2 ~ 10 日)でした。どちらのリハビリテーションプログラムも、毎日の自宅運動プログラムとして設定され、10 日間のうち7日未満でエクササイズを行った場合、研究には含まれませんでした。スポーツに復帰した後は、少なくとも週に3日のリハビリプログラムを2か月間継続することが推奨されました。

競技復帰の基準は、伏臥位で股関節を伸展させ、膝関節屈曲に手動で抵抗したときに5/5の筋力を示し、大腿後面に沿って触知可能な圧痛がなく、アジリティテストとランニングテストを終え、主観的に準備態勢を示したときに許可されました。テストにはHop-for-height test、Hop-for-distance test、44-hop crossover test,、40ヤード・スプリントが含まれました。
テスト中に大腿後面の「つっぱり感」や「かたい感じ」を訴えた場合、スポーツに復帰することは許されませんでした。

STSTプログラムを完了した11人のアスリートのうち6人(54.5%)と、PATSグループの13人のアスリートのうち0人(0%)が、スポーツ復帰後16日以内にハムストリングの肉離れを再発しました。
また1年以内ではSTSTプログラムを完了したアスリート10人中7人 (70%) とPATSグループの選手13人中1人 (7.7%) がハムストリング肉離れを再発しました(下図参照)。

グループ 2週間以内の再発 1年以内の再発
STST (n = 11) 6 (54.5%) 7 (70.0%)
PATS (n = 13) 0 (0%) 1 (7.7%)

負傷日からスポーツに戻るまでに必要な時間はSTSTグループで平均37.4日、PATSグループで平均22.2日でしたが有意差は示されませんでした。そのためグループ間の再受傷率の違いは、リハビリテーション時間の長さに起因するものではありません。

臨床的意義

肉離れのリハビリはまず軽度のストレッチとストレングストレーニングから始める人も多いと思います。典型的なリハビリテーションプログラムの中にはアジリティエクササイズをリハビリの中期から後半に持ってくるものもありますが、この結果は可能であれば早期から軽度のアジリティエクササイズを行った方が再発しにくいようです。

ここではPATS(progressive agility and trunk stabilization)という名称が用いられていますが、アジリティや体幹のの安定化が改善されたために再傷害が少なかったという直接的な証拠がないことに注意が必要です。またSTSTとPATSにはかなり大きな効果の差が観察されましたが、被験者数が少なかったため過剰に差が生まれた可能性があります。

 

参考文献
[1]Woods, C., Hawkins, R. D., Maltby, S., Hulse, M., Thomas, A., Hodson, A., & Football Association Medical Research Programme (2004). The Football Association Medical Research Programme: an audit of injuries in professional football--analysis of hamstring injuries. British journal of sports medicine, 38(1), 36–41. https://doi.org/10.1136/bjsm.2002.002352
[2]Petersen, J., & Hölmich, P. (2005). Evidence based prevention of hamstring injuries in sport. British journal of sports medicine39(6), 319–323. https://doi.org/10.1136/bjsm.2005.018549
[3]Orchard, J. W., Chaker Jomaa, M., Orchard, J. J., Rae, K., Hoffman, D. T., Reddin, T., & Driscoll, T. (2020). Fifteen-week window for recurrent muscle strains in football: a prospective cohort of 3600 muscle strains over 23 years in professional Australian rules football. British journal of sports medicine, 54(18), 1103–1107. https://doi.org/10.1136/bjsports-2019-100755
[4]Sherry, M. A., & Best, T. M. (2004). A comparison of 2 rehabilitation programs in the treatment of acute hamstring strains. The Journal of orthopaedic and sports physical therapy, 34(3), 116–125. https://doi.org/10.2519/jospt.2004.34.3.116
[5]Orchard, J., & Best, T. M. (2002). The management of muscle strain injuries: an early return versus the risk of recurrence. Clinical journal of sport medicine : official journal of the Canadian Academy of Sport Medicine, 12(1), 3–5. https://doi.org/10.1097/00042752-200201000-00004
[6]Green, B., Bourne, M. N., van Dyk, N., & Pizzari, T. (2020). Recalibrating the risk of hamstring strain injury (HSI): A 2020 systematic review and meta-analysis of risk factors for index and recurrent hamstring strain injury in sport. British journal of sports medicine, 54(18), 1081–1088. https://doi.org/10.1136/bjsports-2019-100983
[7]Orchard, J. W., Chaker Jomaa, M., Orchard, J. J., Rae, K., Hoffman, D. T., Reddin, T., & Driscoll, T. (2020). Fifteen-week window for recurrent muscle strains in football: a prospective cohort of 3600 muscle strains over 23 years in professional Australian rules football. British journal of sports medicine, 54(18), 1103–1107. https://doi.org/10.1136/bjsports-2019-100755

 

記事情報

  • 公開日:2023/10/12
    参考文献を除く本文:2936文字
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  • 最終更新日:2023/10/12
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