肩甲上神経絞扼(Suprascapular Nerve Entrapment)

肩甲上神経には2つの主な絞扼部位があり、絞扼部位によって症状が異なります。最も一般的な部位は肩甲切痕(suprascapular notch)です。
肩甲上神経絞扼の典型的な症状は、棘上筋と棘下筋の萎縮と、肩の外旋・外転能力の低下、肩後部の痛みです[1]。
痛みは同側の肩、上腕、頚部に放散することがあります。
肩甲上神経は肩甲切痕とその起始部では比較的動きませんが、肩と肩甲骨はかなり動くため、肩に関する反復的な動きは伸張と神経損傷を引き起こすと考えられています。

肩甲切痕での絞扼

肩甲切痕での絞扼は、感覚神経が障害されるため肩関節痛が生じます。
患者は肩甲骨上部に沿って肩に放散する深い穿刺痛を訴え、上肢の伸展+内転で増悪します。
肩甲切痕に圧痛が認められることもあります。萎縮は僧帽筋に覆われていない棘下筋の上で最も容易に認められます。
筋力低下も生じますが、肩の外転や外旋は他の筋でも可能であるため制限に気が付かないこともあります。

 

棘下切痕での絞扼

あまり一般的ではありませんが、神経は棘下切痕(spinoglenoid notch)で絞扼されることもあります。
この部分での絞扼は棘下筋の萎縮と筋力低下が生じますが、棘上筋の萎縮と筋力低下は見られません[3]。
また肩関節への感覚神経はこの部位に存在しないため痛みも生じません。

肩甲上神経絞扼における絞扼部位による症状の違いの解剖学的理由

肩甲上神経は肩関節の後上方の感覚を支配しています[4]。

 

感覚枝はMSAb(medial subacromial branch)、LSAb(lateral subacromial branch)、PGHb(posterior glenohumeral branch)の3つに分かれます[5]。
MSAbは烏口突起基部付近で上方に曲がり、烏口鎖骨靭帯への枝を出し、肩鎖靭帯の鎖骨付着部の内側端に達するまで、肩峰下滑液包の内側縁に向かって走行します。
LSAbは、棘上筋腱の上面を通り、肩峰下外側と肩鎖靭帯の肩峰付着部に感覚枝を出します。
PGHbは棘下切痕遠位では肩関節後方関節包に向かって走行します。

これらの感覚枝は棘下切痕よりも近位から出ているため、棘下切痕より遠位の絞扼では感覚神経が障害されず痛みが誘発されません。

肩甲上神経絞扼が見られやすい人の特徴

肩甲上神経絞扼は、主にスポーツ選手や頭上での反復運動(例:重量挙げ、野球、テニス、水泳、大工仕事)を行う人にみられます[2]。

反復的な肩の動き、特に外旋と外転は絞扼を引き起こす。 野球・ ウェイトリフティング・水泳・ダンス・テニス ・バレーボール・大工仕事
手術のポジショニング Knee-chest positionでの手術
重量物の運搬 食肉加工業者・報道カメラマン・屋根葺き職人
伸張および外傷 肩甲骨、上腕骨、鎖骨の骨折・肩関節前方脱臼・肩の手術・スキート射撃
空間占有病変 ガングリオン・脂肪腫・血腫・腫瘍
その他 Spinoglenoid ligamentが肩甲上腕関節に付着し、上腕腕の動きに伴って靱帯が緊張する

肩甲上神経絞扼の検査

僧帽筋によって棘上筋が見えにくくなっているため、棘下筋の萎縮を確認することが最も容易に確認できる方法です。
筋力検査や可動域検査は肩甲平面での外転制限や2ndポジションでのでの外旋制限を確認します。
圧痛は肩甲切痕に見られることがあります。肩甲切痕の圧痛は肩甲棘の遠位3分の1の場所にあります。

鑑別

肩甲上神経絞扼と類似した症状を呈する可能性のある疾患は以下の通りです[2]。

疾患 所見・検査
C5-6神経根症 頸部痛、上腕の腱反射低下、筋力低下
上部胸椎神経根症 胸郭のMRIでヘルニアが認められる
腕神経叢障害 肩甲上神経分布以外の筋力低下・反射・感覚の異常
腱板損傷 受動運動で痛み、肩甲切痕以外の触診で痛み
肩甲上腕関節の病理 能動的可動域も受動的可動域も制限されている
ガングリオン嚢胞 関節唇断裂を伴う(MRI)
静脈瘤 棘下切痕での絞扼
拘縮肩 高齢者、糖尿病や甲状腺疾患のある患者で起こりやすい
パーソネイジ・ターナー症候群 腕神経叢の他の神経も障害される。突然発症することが多い。両側性のこともある。患者は一般的に高齢で最近のワクチン接種歴や感染歴がある。
参考文献
[1]Shapiro, B. E., & Preston, D. C. (2009). Entrapment and compressive neuropathies. The Medical clinics of North America93(2), 285–vii. https://doi.org/10.1016/j.mcna.2008.09.009
[2]Fipp, A. M. T. M. A. (2018). Peripheral nerve entrapments: Clinical Diagnosis and Management. Springer.
[3]Liveson JA, Bronson MJ, Pollack MA. Suprascapular nerve lesions at the spinoglenoid notch: report of three cases and review of the literature. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 1991 Mar;54(3):241-3. doi: 10.1136/jnnp.54.3.241. PMID: 2030352; PMCID: PMC1014393.
[4]Laumonerie, P., Dalmas, Y., Tibbo, M. E., Robert, S., Faruch, M., Chaynes, P., Bonnevialle, N., & Mansat, P. (2020). Sensory innervation of the human shoulder joint: the three bridges to break. Journal of shoulder and elbow surgery, 29(12), e499–e507. https://doi.org/10.1016/j.jse.2020.07.017
[5]Laumonerie, P., Blasco, L., Tibbo, M. E., Bonnevialle, N., Labrousse, M., Chaynes, P., & Mansat, P. (2019). Sensory innervation of the subacromial bursa by the distal suprascapular nerve: a new description of its anatomic distribution. Journal of shoulder and elbow surgery, 28(9), 1788–1794. https://doi.org/10.1016/j.jse.2019.02.016

 

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