腱板断裂において挙上ができなくなる特徴は?

Denardら(2012)は腱板断裂においてRotator cable断裂と仮性麻痺(能動的に90度以上挙上ができない)が関連していることを報告しています[1]。

Rotator cableとは?

腱板にはRotator cableと呼ばれる幅12mm、厚さ4.7mmの硬い構造が存在します[2]。
この構造は前方では小結節と大結節に、後方では棘下筋の下部まで伸びており、腱板にかかる張力を伝達します。
<Rotator cableとRotator crescentの大きさ>
<Rotator cableとRotator crescentの厚さ>

Rotator cableと挙上の関係

Rotator cableより遠位にある三日月状の領域のRotator crescentは加齢により薄く、断裂しやすい部位ですがこの部分はおそらく応力遮蔽(Stress Shielding)により張力がかかりにくく、挙上における上腕骨を引っ張る作用としては重要ではないためここが断裂していても挙上能力は維持されることがあります。

反対にDenardらはRotator cableが前後両方で断裂すると挙上ができなくなりやすいことを報告しています。
彼らは
腱板断裂の内、棘下筋部分断裂または無傷の棘下筋の症例では7.8%に仮性麻痺が見られますが、Posterior rotator cableとAnterior rotator cableのどちらか片方が断裂している人の14.7%に仮性麻痺が見られ、両方断裂している人の44.8%に仮性麻痺が見られたと報告しています[1]。

しかし両方のRotator cableが断裂していても約51%の人に仮性麻痺が見られないということは、Rotator cable断裂が仮性麻痺の全ての原因とは言えません。

断裂部位と挙上制限の関係

Collinらは肩甲下筋の関与が仮性麻痺の危険因子であると仮説を立て、広範囲断裂における挙上能力と断裂の位置とサイズの関係を調査しました[3]。
この研究では棘上筋・棘下筋・小円筋・肩甲下筋のうち、どの組み合わせが断裂したかで分類されました。

<断裂部位による分類>
type A:棘上筋・肩甲下筋上部の断裂
type B:棘上筋・肩甲下筋全体の断裂
type C:棘上筋・肩甲下筋上部・棘下筋断裂
type D:棘上筋・棘下筋断裂
type E:棘上筋・棘下筋・小円筋断裂
<type A>
<type B>
<type C>
<type D>
<type E>

 

断裂部位と疼痛強度

どのタイプの断裂も疼痛強度に差はありませんでした。
type Aやtype Dのような2つの筋断裂と3つの断裂に疼痛強度の差がなかったことは広範囲断裂において断裂の大きさは痛みの強さにとって重要ではないことを示唆しています。

断裂部位と挙上の関係

type A(棘上筋・肩甲下筋上部)type D(棘上筋・棘下筋)は挙上をほとんど制限せず、仮性麻痺はそれぞれ0%と2.9%でしたが、type B(棘上筋・肩甲下筋全体)では可動域が大きく制限され、80.0%の人で仮性麻痺が見られました。
そのため肩甲下筋は肩の挙上において特に重要な役割を有している可能性があります。
またtype C(棘上筋・肩甲下筋・棘下筋)とtype E(棘上筋・棘下筋・小円筋)も挙上を制限し、仮性麻痺はそれぞれ45.4%と33.3%でした。

外旋は棘下筋・小円筋の断裂、内旋は肩甲下筋断裂が特に関与していました。

肩甲下筋が挙上において重要

type D(棘上筋・棘下筋断裂)とtype A(棘上筋・肩甲下筋上部の断裂)が挙上にあまり影響を与えず、肩甲下筋断裂が挙上を制限するというのはDenardらの報告と類似しています[1]。

EMGによる報告では肩甲下筋は屈曲よりも伸展の方がより多く活動しているため、肩甲下筋は伸展において重要な筋であることが示唆されていますが[4]、今回の報告も含めると屈曲においても伸展においても肩甲下筋が重要であると考えられます。ただし肩甲下筋断裂で伸展がどれだけ制限されるかは今回の報告からは分かりません。

屈曲の方がEMGにおける活動が低いということは肩甲下筋の能動的な作用よりも受動的・構造的な作用が屈曲において重要なのかもしれません。
ローテーターカフは互いに連結しており、Rotator cableによって強固で張力が伝達しやすい構造となっているため、Rotator cableの端の構造は機能の維持において重要なようです[5]、
<ローテーターカフを構成する腱同士の連結>

肩甲下筋の基本的な解剖学

肩甲下筋はは棘上筋・棘下筋・小円筋とともにローテーターカフを構成します。
ローテーターカフの中では前面を構成しているカフの中で最も大きな筋です。
名称 肩甲下筋(けんこうかきん)
英語表記 Subscapularis muscle
略称 SSC/ SubSc
起始 肩甲骨の肩甲下窩(Subscapular fossa)
停止 上腕骨の小結節(Lesser tubercle)
支配神経 上・下肩甲下神経(Upper and lower subscapular nerves)
神経根/分節 C5,6
作用 上腕骨の内旋、関節窩での上腕骨頭の安定化
血液供給 肩甲上動脈(Suprascapular Artery)、腋窩動脈(Axillary artery)、肩甲下動脈(Subscapular artery)
<外方から見た肩甲下筋>
<上方から見た肩甲下筋>
<前方から見た肩甲下筋>
<肩甲下筋の起始:肩甲下窩>
<肩甲下筋の停止:小結節>
<肩関節内旋>

 

参考文献
[1]Denard, P. J., Koo, S. S., Murena, L., & Burkhart, S. S. (2012). Pseudoparalysis: the importance of rotator cable integrity. Orthopedics, 35(9), e1353–e1357. https://doi.org/10.3928/01477447-20120822-21[2]Burkhart, S. S., Esch, J. C., & Jolson, R. S. (1993). The rotator crescent and rotator cable: an anatomic description of the shoulder's "suspension bridge". Arthroscopy : the journal of arthroscopic & related surgery : official publication of the Arthroscopy Association of North America and the International Arthroscopy Association, 9(6), 611–616. https://doi.org/10.1016/s0749-8063(05)80496-7
[3]Collin P, Matsumura N, Lädermann A, Denard PJ, Walch G. Relationship between massive chronic rotator cuff tear pattern and loss of active shoulder range of motion. J Shoulder Elbow Surg. 2014 Aug;23(8):1195-202. doi: 10.1016/j.jse.2013.11.019. Epub 2014 Jan 14. PMID: 24433628.
[4]Wattanaprakornkul, D., Cathers, I., Halaki, M., & Ginn, K. A. (2011). The rotator cuff muscles have a direction specific recruitment pattern during shoulder flexion and extension exercises. Journal of science and medicine in sport, 14(5), 376–382. https://doi.org/10.1016/j.jsams.2011.01.001
[5]Neer, C. S., 2nd, Satterlee, C. C., Dalsey, R. M., & Flatow, E. L. (1992). The anatomy and potential effects of contracture of the coracohumeral ligament. Clinical orthopaedics and related research, (280), 182–185.

記事情報

  • 公開日:2023/09/30
    参考文献を除く本文:2270文字
    参考文献を含む本文:3487文字
    画像:19枚
  • 最終更新日:2023/09/30
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