「Bonica’s Management of Pain」は,元々Pain Medicineの分野を確立した先駆者の一人であるJohn Bonicaが出版したものであり,それ以来,改訂を加えられ続け,痛みに関する包括的な情報を提供する標準的な参考書として広く認知されている[1].
急性腰痛の章ではこのように書かれている.
腰椎の検査には,伝統的に視診・触診・運動テスト,あるいはApleyの格言にあるように「見て,感じて,動かす」ことが含まれる.
腰椎の検査によって検出される身体徴候の妥当性を示す証拠はほとんどない.したがって,その過程を経ることにあまり意味がないと言える.
急性腰痛に対してほとんどの人が行なっているであろう身体検査に対して大胆な主張にも思えるが,この直後,「身体検査を実施する理由は2つある」と続く.
身体検査を実施する理由1
第一に,患者は検査を受けることを期待しており,検査を行うことは,患者に興味を持ち、心配していることの表れである.
仮に意味のない検査だったとしても,検査を真剣に行い,問題点を洗い出す努力をしている姿勢は患者さんの関係の基礎となるラポールを築くのに役立つ.
これはお笑い番組で,録音された笑い声を入れるのと似ている.お笑い芸人がやっているYoutube動画でも画面外の人がわざと大きく笑い声を入れる様子が見られる.
笑い声の有無についてを視聴者に聞けば「偽物の笑い声はない方が良い」と答えるかもしれないが,あった方が,視聴率・視聴数が増えると言われている.これは感じていること(ない方が良い)と,実際に行動する(視聴する)ことのギャップの例として挙げられる.
同じ様に「偽物の検査はない方が良い」と感じるのが普通だが,あった方が,ラポール形成に繋がるギャップがある.
とはいえ,過剰検査は不安や不必要な治療を促す医療倫理上の問題ともなり得るため,使い方に気をつけなければならない.
身体検査を実施する理由2
第二の理由は皮肉なものである.
検査で陽性所見が見つかることよりも,腰椎に身体的特徴が見つからないことの方が重要である.身体的徴候がない場合,腰痛の原因として内臓や血管を真剣に検討する必要がある.
これはRed flagsの使い方に似ている.
通常,筋骨格系の痛みには動作時痛が伴うはずであるが,内臓や血管に関連する疾患であれば表れないこともある.
通常Red flagasの項目には「身体的特徴が見つからないこと」とは記載されていないが,どの部位の痛みについてもこの項目は頭の中に入れておいた方が良いだろう.
この様な所見は,より正確には重篤な病理を示唆するRed flagsとは異なり,より広く非筋骨格系の疾患を示唆すると考えられる.
以下に文献[2]を参考にチェックボックスを作成した.
示唆 | 項目 | ✔ |
重篤な病理 | レッドフラッグ | |
筋骨格系 | 姿勢や動きの変化で悪化/緩和 | |
筋骨格系 | 痛みを伴う動きの制限 | |
筋骨格系 | 受動的/能動的可動域の制限 | |
筋骨格系 | (筋)触診時の痛み | |
筋骨格系 | 休息時に緩和される痛み | |
非筋骨格系 | 事故や特定の出来事によって引き起こされていない | |
非筋骨格系 | 特定の病状のリスク因子 | |
非筋骨格系 | 神経学的所見 | |
非筋骨格系 | 混乱した臨床像 |
例えば,以下の仮想症例[2]では,非筋骨格系疾患を示唆する所見があると判断できる.
70歳の男性が2日前から増加した鈍く痛む胸腰部痛を訴えている.痛みは一般的な活動によって増悪するが,特定の姿勢や体幹の動きによって痛みが増したり減ったりすることはない.痛みは放散しておらず感覚や運動の変化は認められない.
この症例は背部痛を伴う50歳以上の患者で,高齢は「red flag」に含まれる.痛みは姿勢や体幹の動きによって悪化することはなく,筋骨格系に起因する痛みではないことが示唆される.
高齢は健康な多くの人に当てはまるため重要なred flagとはいえないが,ここでは筋骨格系疾患を示唆する所見がないことから,筋骨格系に起因する痛みではないと疑えることが重要である.この例の場合,腹部大動脈瘤の可能性が捨てられないため医師やより上位の専門機関へ紹介をまず考えなければならない.
示唆 | 項目 | ✔ |
重篤な病理 | レッドフラッグ | |
筋骨格系 | 姿勢や動きの変化で悪化/緩和 | |
筋骨格系 | 痛みを伴う動きの制限 | |
筋骨格系 | 受動的/能動的可動域の制限 | |
筋骨格系 | (筋)触診時の痛み | |
筋骨格系 | 休息時に緩和される痛み | |
非筋骨格系 | 事故や特定の出来事によって引き起こされていない | |
非筋骨格系 | 特定の病状のリスク因子 | |
非筋骨格系 | 神経学的所見 | |
非筋骨格系 | 混乱した臨床像 |
終わりに
このような観点から身体検査の必要性が議論されることは少なく感じる.
もちろん,第一の理由によって臨床的価値のない検査を正当化するべきではない.伝統的な身体検査といっても多様であり,それぞれ価値が異なる.これらはそれぞれが個別に臨床的価値が判断されなければならない.
・視診(見て)
姿勢の評価:腰椎前弯・後弯の程度,側弯の有無,骨盤の傾き(前傾・後傾),肩や骨盤の高さの左右差
動作観察:立ち上がり動作,歩行パターン,座位・立位での姿勢
筋萎縮・腫脹・皮膚変化:腰部・殿部の筋萎縮,腫脹,発赤,瘢痕の有無
・触診(感じて)
脊柱のアライメント:棘突起の配列,椎間の隙間
圧痛点・筋緊張の評価:棘突起,椎間関節,仙腸関節,脊柱起立筋
皮膚の温度・浮腫:炎症や循環障害の評価
・運動テスト(動かす)
脊柱の可動域(ROM)評価:屈曲,進展,側屈,回旋の可動域と痛みの有無
スペシャルテスト:Kempテスト,SLR,FNS,Patrickなど
個別に価値を判断するには,妥当性や信頼性などの項目が重視されるが,臨床ではそれが患者さんにとってどの様な影響があるか,身体的にも情動的にも行動的にも認知的にも考慮される必要がある.
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[2]Jette, D. U., Ardleigh, K., Chandler, K., & McShea, L. (2006). Decision-making ability of physical therapists: physical therapy intervention or medical referral. Physical therapy, 86(12), 1619–1629. https://doi.org/10.2522/ptj.20050393