可動域に基づく臨床推論
臨床では,静的な可動域検査によって動的な影響を推測することがある.
・静的な肩関節外旋可動域が制限されていれば,投球動作時の肩関節外旋可動域が制限される.
・静的な足関節背屈可動域が制限されていれば,歩行時の足関節背屈可動域が制限される.
・静的な股関節伸展可動域が制限されていれば,ランニング時の股関節伸展可動域が制限される.
また,静的な可動域検査によって姿勢への影響を推測することがある.
・静的な足関節背屈可動域が制限されていれば,膝が伸展する.
・静的な肩関節屈曲可動域が制限されていれば,肩甲骨が上方回旋する.
・静的な胸椎可動域が制限されていれば,肩が前方に巻き込む.
・静的な股関節伸展可動域が制限されていれば,骨盤が後傾する.
推測は臨床的に大事ではあるが,問題はこれらの推測が常に正しいとは限らないことである.
静的可動域≠動的可動域,小さな可動域≠姿勢の変化
経験豊富なトレッドミルランナーを対象に行われた研究では,骨盤前傾角度は,ランニング中の最大股関節伸展可動域との間に有意な(p<0.01)正の相関があることが報告された.これは動的な可動域である.
しかし,前傾骨盤角度と静的な股関節伸展可動域(トーマステスト)との間には有意な相関は見られず,ランニング中の最大股関節伸展可動域と静的な股関節伸展可動域との間にも有意な相関は見られなかった[1].
骨盤前傾角度(APT) | ランニング時の 最大股関節伸展可動域 (HEROM) |
トーマステストによる 静的可動域 |
|
APT | — | **y = 0.6x + 30 | y = −0.05x + 23 |
HEROM | 0.8** | — | y = −0.1x − 10 |
トーマステスト | 0.002 | 0.004 | — |
太字はR²値を示しており,残りは回帰方程式
*p<0.05で有意な結果、**p<0.01で有意な結果
このような結果から,静的な可動域検査から動的な動きや姿勢の変化への影響を予想するのが難しいことが示唆される.動的な動作においては、筋の協調性や柔軟性,関節の運動パターン,動作の技術的要素など,静的な検査では捉えきれない要素が影響を与えている可能性がある.
例えば股関節伸展可動域が静的に制限されている場合でも,ランニング中には他の部位や筋群が補うように働くことが考えられる.
また,静的な股関節伸展可動域が制限されている場合,屈筋群の短縮によって骨盤が前傾するという推測が立てられることがあるが,この推測は正確ではない.姿勢の変化において,筋の影響がよくフォーカスされているが,姿勢は様々な要因が組み合わさって決定されるため静的な可動域検査で評価できる範囲を超えている可能性や可動域と姿勢には関係がない可能性がある..
重要なこと
この研究は他の可動域に基づく臨床推論をすべて否定するわけではないが,静的可動域が体に与える影響は過大評価されていることが多いことを気づかせてくれる.
静的可動域が制限されることから予想できることは無数にあるが,予想したことを事実だと考えるべきではない.
例えばハムストリングスが制限されていると骨盤後傾の原因にされる傾向がある.
腹筋が弱いと骨盤前傾の犯人にされやすい.
このような予想は歴史的に受け入れられてきたが,検証される前に主張されてきたため疑う必要がある.
他の股関節周囲の筋と姿勢の関係については「#7 骨盤周囲の筋と骨盤の傾斜の関係」で紹介している.
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