梨状筋が股関節屈曲位で内旋作用を持つことはよく知られており,研究によっても支持されている[1].
しかしこの知識に基づく臨床応用が正しい理由にはならない.ここではこの知識が誤って臨床応用されている可能性について述べる.

外旋筋から内旋筋に逆転する梨状筋

筋はいつでも教科書に書かれているように作用するわけではなく,肢位が変わることで作用が変わってしまうことがある.特に梨状筋は股関節を90度屈曲することで,股関節外旋作用が内旋作用に逆転することが知られている.

この現象は図にするとイメージしやすい.
股関節屈曲0度では内旋-外旋の回転軸より後方を通過しているため外旋作用があることが分かる.

次に股関節を90度屈曲してみると,内旋-外旋の回転軸より上方を通過しているため内旋作用に逆転していることが分かる.

股関節の屈曲に伴った作用の変化を調査した研究でも,梨状筋は屈曲0°の時に回旋のモーメントアームが平均−29mmと外旋を,屈曲90°の時に平均 14 mmと内旋を示している[1].
※正のモーメントアームは内旋を示し,負のモーメントアームは外旋を示す.

<補足>
しばしば屈曲60°以上で梨状筋が内旋作用に逆転すると言われることがあるが,これには注意が必要である.「骨格筋のキネシオロジー」には「中殿筋後部繊維,梨状筋,大殿筋前部,小殿筋後部繊維のような外旋筋ですら,股関節屈曲60°以上ではその作用が内旋に切り替わる」と記載されている[3].ここから,梨状筋が股関節屈曲60°以上で外旋筋になるように読み取ってしまうかもしれないが,引用元の文献[1]では梨状筋は股関節屈曲0°と90°のデータしか提示されておらず,股関節屈曲60°以上で作用が切り替わることが明確に示されているのは中殿筋後部繊維と大殿筋前部繊維だけである.同じ論文を引用した異なる文献では「梨状筋は,完全に伸展すると外旋筋になるが,90° 以上の屈曲では内旋筋になる」と記載している[2].

梨状筋の内旋作用をストレッチに応用した例

この逆転現象を利用して,股関節屈曲位で外旋することで梨状筋のストレッチを行う方法が提案されている.

「股関節屈曲位では梨状筋の作用は外旋から内旋に切り替わる.そのため,股関節屈曲90° 以上では 、梨状筋のさらなる伸張を得るために,股関節外旋が認められる」[2] 「梨状筋は股関節が屈曲した状態では内旋筋であるため,ストレッチに外旋を取り入れることは合理的なアプローチであると思われる.」[3]

Googleで「梨状筋 ストレッチ」と画像検索してもこのような股関節屈曲+内旋のストレッチ方法がよく出てくる.

梨状筋の内旋作用をエクササイズに応用した例

ストレッチほどではないが,この梨状筋の内旋作用を怪我予防に応用しようとするのを見かけることがある.

例えばジャンプからの着地動作や,パワーポジション,スクワットではKnee-inが怪我を引き起こすと考えられている.これらの動作は股関節を深く屈曲し,90°に近づくため,内旋筋となった梨状筋がKnee-inに寄与するといった理屈である.

ここから梨状筋の過緊張や短縮によって生じたKnee-inをストレッチなどで修正しようと試みられている.

これらの主張は梨状筋のストレッチも着地動作も股関節を約90°程度屈曲しているため,正しいように見えるかもしれない.

しかし,ここでは異議を唱えたい

梨状筋は本当に股関節90°屈曲で内旋筋になるのか?

股関節屈曲には2つの意味がある.
・腰椎屈曲+骨盤後傾+股関節屈曲の複合運動
・股関節のみの屈曲
臨床で用いられる股関節屈曲は,前者の意味で用いられることが多い

股関節の屈曲可動域は本邦の「関節可動域表示ならびに測定法」に基けば125°となっており,成人の平均可動域は年齢や性別によって約120-150°の範囲である[4].
腰椎-仙骨は25–36歳の健康な男性で,約50°程度屈曲し[5],股関節は軟部組織が屈曲を制限するため,骨から想像される可動域よりも狭く,90°程度しか屈曲しない.

そのため,後者の意味で股関節が90°屈曲している状態は,前者の意味での股関節の最大屈曲に近い位置で到達すると予想される.
椅子に腰掛ける座位を股関節屈曲90°と言えるが,腰椎骨盤が40°屈曲後傾していれば,股関節は実際には50°程度しか屈曲していないことになる.

このような理由で,股関節屈曲の意味は明確にされなければならない.

「股関節屈曲90度で梨状筋の外線作用は内旋作用に逆転する」という場合,根拠となった研究では骨盤を固定した状態で股関節を屈曲しているため.股関節のみの屈曲(後者の意味)で90°に達した状態を指す[1].

上記したストレッチ肢位では骨盤が後傾していることに注目したい.
この場合の股関節90°屈曲は明らかに複合運動の意味で用いられている.

前述した様に骨盤が後傾すると,最大屈曲に近づかなければ股関節の屈曲は90°に満たない.

実際に3Dモデル上で,股関節の屈曲に伴い骨盤を後傾させると,梨状筋の走行は下がり,内旋-外旋の回転軸に走行が被ってくる.この場合,梨状筋が内旋作用があるとは言いづらい.

そのため上記した梨状筋のストレッチ方法の理屈も(実際は梨状筋が伸張するかは別として)正しいとは言えない.
またパラレルスクワットの肢位で梨状筋は股関節を内旋させて,Knee-inさせると言われることもあるが,それも疑わしく,むしろ制動している様にすら見える.

まとめ

筋は肢位によって,作用が変わることは知られているが,そこからまた少し肢位が変わるだけでまた作用が変化してしまう可能性がある.そのため肢位の変化に伴う作用の認識には注意が必要であり,時には想像できる範疇を超えて作用が変化しているかも知れない,

特に肩関節・股関節周囲の筋は関節の自由度の高さと可動域の高さから肢位による多様な作用の変化があると予想される.

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参考文献
[1]Delp SL, Hess WE, Hungerford DS, Jones LC. Variation of rotation moment arms with hip flexion. J Biomech. 1999 May;32(5):493-501. doi: 10.1016/s0021-9290(99)00032-9. PMID: 10327003. [2]Neumann DA. Kinesiology of the hip: a focus on muscular actions. J Orthop Sports Phys Ther. 2010 Feb;40(2):82-94. doi: 10.2519/jospt.2010.3025. PMID: 20118525. [3]Neumann, D. A. (2017). Kinesiology of the musculoskeletal system: Foundations for Rehabilitation. Mosby. [4]Norkin, C. C., & White, D. J. (2016). Measurement of joint motion: A Guide to Goniometry. F. A. Davis Company. [5]Adams, M. A. (2013). The biomechanics of back pain. Churchill Livingstone.

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