最近偶然知ったので、どれだけスポーツ業界で議論があるかは寡聞にして知らないのですが、どうやら「予防(prevention)」という言葉を巡って正しい表現か否か論争があるようです。

それに伴って「Prevention versus risk reduction or mitigation: Why create unnecessary battles?」というエディトリアルがあることも知りました[1]。

用語解説:エディトリアル(Editorial)
現在重要視されている問題や、今後大きく議論されるであろうトピックや研究に言及した論文のこと

この文献は直訳すると「予防とリスクの軽減または低減: なぜ不必要な戦いを生み出すのでしょうか?」となります。

予防反対派の主張

一部の査読者が現在、予防という用語をリスク軽減またはリスク低減(正確な日本語がわからないのでmitigationを低減を訳しています)に置き換えるよう著者に主張しているようです。(具体的には元の文献[1]の参考文献1-5参照とのことです)

その理由を端的に言えば「予防とは、傷害の発生がないことを意味する」→障害予防プログラムで怪我の発生を防ぐことはない可能性が高いのだから予防と言うべきではないというものでしょうか。
参考文献(3)から一部引用すると以下のように書かれています[2]。

予防とは、何かが起こったり生じたりするのを食い止めることであり、別の言い方をすれば、軽減(reduction)とは、特定の事柄を量や程度、大きさにおいて小さくしたり少なくしたりすることである。これらの研究が測定し、報告する「予防プログラム」による結果は、介入後のACL傷害発生率におけるリスク減少量や変化であり、予防ではない。

 

一方でこのエディトリアルは疫学における「予防」の使用について説明しており、「リスク軽減は予防と同義」という主張をしているため、反対意見となります。

リスク軽減は予防と同義

この文献に基けば疫学では一般に、介入によって利益がもたらされる場合にはpreventiveという用語を用い、介入によって害がもたらされる場合にはcauseという用語を用いるようです。
「介入は死亡を予防する」は「介入は生存率を高める」と同義となり、また、転帰を遅らせることも予防と呼ばれるようです。

障害予防プログラムでは結果は以下の4つに分類されます。

  • Doomed:介入の有無にかかわらず怪我をする
  • Immune:介入の有無にかかわらず怪我をしない
    ※Doomedの対義語
  • Preventive:介入すると怪我をしないが、介入なしでは怪我をする
  • Causal:介入すると怪我するが、介入なしでは怪我はしない
    ※Preventiveの対義語

これを踏まえるとすべての人の傷害を予防することはできませんが、すべての人のリスクを軽減することもできません。
そのため予防をリスク軽減に置き換えるのが正当であるとは言えないだろうというのが主な内容です。

こういう議論に目を通しておくことは案外大事

医療・医学では歴史的に何回も同じようなことを繰り返し議論されているのをうんざりしているなんて話を聞くこともあります。
例えばEBMは適切か不適切か、仙腸関節は動くか否かみたいな話は歴史的に何度もされ、その度に1から議論し、結論は何も変わらず時間を無駄にしているみたいな話です。
確かに何かに批判的な話は基本的に過去の文献を探せば見つかることが多いため、特に博識の方からすれば「またその話?」となるのが想像できます。これは私のような知識の浅い人間からみてもやはり、「その話先人が随分してきたのだから今更感があるなあ」と思うことが度々あるため、無駄なことに時間を割かないためにもこういう議論があった歴史というのは目を通しておいて損はないのかと思います。
でないとまた10年後20年後同じ話を繰り返すことになるでしょう。

次に読みたい論文

以下の参考文献(1-5)は予防の使用に反対派の主張が載ってそうなので目を通しておきたいリストに入れときます。

何人かの著者は、傷害予防は「特定の出来事の発生を阻止することを意味しており、このような(傷害予防)プログラムが行うことはありえない」、あるいは「予防とは、傷害の発生がないことを意味する」と主張している(1-5)。

参考文献
[1]Prevention versus risk reduction or mitigation: Why create unnecessary battles?
[2]Webster, K. E., & Hewett, T. E. (2018). Meta-analysis of meta-analyses of anterior cruciate ligament injury reduction training programs. Journal of orthopaedic research : official publication of the Orthopaedic Research Society, 36(10), 2696–2708. https://doi.org/10.1002/jor.24043

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