今回はIASPの「痛みの定義」の改定を解説します。

41年ぶりにIASPの「痛みの定義」が改定されましたね[1]。
※IASP:国際疼痛学会(The International Association for the Study of Pain)[2]

なんか少しTwitterでも話題になってましたねー
ただ「痛みの定義」が変わったところで意味あるんですか?

今回の「痛みの定義」の変更で臨床的に何か変わったという人は少ないかも知れません。
ただ痛みの捉え方に対して影響はあるんじゃないですかね。

そのためには「痛みの定義」が変わったことよりもその意味について理解しないといけないですね

そゆことです。
「痛みの定義」が変わったという知識だけじゃ何の意味もありませんからね。
本記事は「疼痛リテラシーアップデート」の内容の一部を改変して作成しています。

従来の痛みの定義

2020年になって「痛みの定義」が変わった訳ですけれど、それまでは1979年に作られた痛みの定義[3]が用いられていました。
1979年の痛みの定義

実際の組織損傷や潜在的な組織損傷に伴う,あるいはそのような損傷の際の言葉として表現される,不快な感覚かつ感情体験.

原文:An unpleasant sensory and emotional experience associated with actual or potential tissue damage, or described in terms of such damage[3]

これは見たことある!

痛み関連の書籍には大体書いてありますもんね。
それからこの痛みの定義には付記もあります。
1979年の痛みの定義の付記

言葉で伝達できなくても,その個人が痛みを感じ,痛みを緩和する適切な治療を必要としている可能性は否定されない.痛みは,いかなる場合でも主観的なものである.人は人生の早い時期の受傷体験を通して,“痛み”という言葉の使い方を学習する.生物学者は,痛みを生じるこれらの刺激は,組織に損傷を与えるものであると認識する.したがって,“痛み”はわれわれが実際あるいは潜在的な組織損傷と結びつけて考える体験である.痛みが身体の一部あるいは複数の部位における感覚であることには疑いの余地はないが,それは常に不快なものであるため,感情体験でもある.痛みに似ているが不快でない体験,例えばチクリとする針でつつかれた感じは,痛みと呼ぶべきではない. 不快で異常な体験(「ジセステジア(不快異常感覚)」)は,痛みである場合もあるかもしれないが,必ずしもそうではない.なぜなら主観的には,そのような体験には痛みの持つ通常の感覚的性質がない場合もあるからである.多くの人が組織の損傷や病態生理学的に考えられる原因がない場合にも痛みを訴えるが,通 常,このようなことは心理的な理由で起こる. 一般的に主観的な訴えを検討する場合,彼らの体験を組織損傷による体験と区 別することはできない.もし彼らがその体験を痛みであるとみなすなら,そしてそれが組織損傷によって生じる痛みと同じよう であると訴えるならば,それは痛みとして受け入れるべきである. この定義は痛みを刺激と結びつけることを避けている.わ れわれは痛みにはほとんどの場合,直接的な身体的原因があることを十分に理解しているが,侵害刺激によって誘発される侵害 受容器や侵害受容経路の活動が痛みなのではなく,痛みはいつも心理的な状態である.

原文:
The inability to communicate verbally does not negate the possibility that an individual is experiencing pain and is in need of appropriate pain-relieving treatment. Pain is always subjective. Each individual learns the application of the word through experiences related to injury in early life. Biologists recognize that those stimuli which cause pain are liable to damage tissue. Accordingly, pain is that experience we associate with actual or potential tissue damage. It is unquestionably a sensation in a part or parts of the body, but it is also always unpleasant and therefore also an emotional experience. Experiences which resemble pain but are not unpleasant, e.g., pricking, should not be called pain. Unpleasant abnormal experiences (dysesthesias) may also be pain but are not necessarily so because, subjectively, they may not have the usual sensory qualities of pain. Many people report pain in the absence of tissue damage or any likely pathophysiological cause; usually this happens for psychological reasons. There is usually no way to distinguish their experience from that due to tissue damage if we take the subjective report. If they regard their experience as pain, and if they report it in the same ways as pain caused by tissue damage, it should be accepted as pain. This definition avoids tying pain to the stimulus. Activity induced in the nociceptor and nociceptive pathways by a noxious stimulus is not pain, which is always a psychological state, even though we may well appreciate that pain most often has a proximate physical cause.[4]

これは読んだことないです…

この文が引用されることはそんなありませんからね、
でも痛みの定義だけでなく、むしろこの付記の方が多くのことを教えてくれるので読んだ方が良いと思います。

読みやすいように箇条書きに変えますね。
新たな痛みの定義の付記が箇条書きなので付記変化が分かりやすくなると思います。
1979年痛みの定義の付記【箇条書きver.】
▶︎言葉で伝達できなくても,その個人が痛みを感じ,痛みを緩和する適切な治療を必要としている可能性は否定されない.
▶︎痛みは,いかなる場合でも主観的なものである.
▶︎人は人生の早い時期の受傷体験を通して,“痛み”という言葉の使い方を学習する.
▶︎生物学者は,痛みを生じるこれらの刺激は,組織に損傷を与えるものであると認識する.したがって,“痛み”はわれわれが実際あるいは潜在的な組織損傷と結びつけて考える体験である.
▶︎痛みが身体の一部あるいは複数の部位における感覚であることには疑いの余地はないが,それは常に不快なものであるため,感情体験でもある.
▶︎痛みに似ているが不快でない体験,例えばチクリとする針でつつかれた感じは,痛みと呼ぶべきではない.
▶︎不快で異常な体験(「ジセステジア(不快異常感覚)」)は,痛みである場合もあるかもしれないが,必ずしもそうではない.なぜなら主観的には,そのような体験には痛みの持つ通常の感覚的性質がない場合もあるからである.
▶︎多くの人が組織の損傷や病態生理学的に考えられる原因がない場合にも痛みを訴えるが,通常,このようなことは心理的な理由で起こる.
▶︎一般的に主観的な訴えを検討する場合,彼らの体験を組織損傷による体験と区別することはできない.
▶︎もし彼らがその体験を痛みであるとみなすなら,そしてそれが組織損傷によって生じる痛みと同じようであると訴えるならば,それは痛みとして受け入れるべきである.
▶︎ この定義は痛みを刺激と結びつけることを避けている.われわれは痛みにはほとんどの場合,直接的な身体的原因があることを十分に理解しているが,侵害刺激によって誘発される侵害 受容器や侵害受容経路の活動が痛みなのではなく,痛みはいつも心理的な状態である.

後からこれを新たな痛みの定義の付記とくらべていきます。

新たな痛みの定義の案

2020年に痛みの改定がされる前に、新たな痛みの定義の案も発表されていました。
新たな痛みの定義の案
▶︎典型的には実際のまたは潜在的な組織損傷によって引き起こされるか、またはそれに類似する嫌悪的な感覚および感情の経験。※翻訳にはみらい翻訳を使用
▶︎回避的な感覚的および感情的な経験で、典型的には、実際のまたは潜在的な組織損傷によって引き起こされたもの、またはそれに類似したもの。※翻訳にはDeepLを使用原文:An aversive sensory and emotional experience typically caused by, or resembling that caused by, actual or potential tissue injury.[4]

そして付記はこうなりました。
新たな痛みの定義の案の付記
▶︎疼痛は常に主観的な経験であり、生物学的、心理学的、および社会的因子によって様々な程度に影響される。
▶︎痛みと侵害受容は異なる現象であり、痛みの経験は感覚経路の活動に還元できない。
▶︎人生経験を通して、個人は痛みの概念とその応用を学ぶ。
▶︎痛みとしての経験に関する人の報告は、そのまま受け入れられ、尊重されるべきです。
▶︎疼痛は通常適応的役割を果たすが、機能および社会的心理的幸福に悪影響を及ぼすことがある。
▶︎言葉による説明は、痛みを表現するいくつかの行動のうちの1つにすぎない;意思疎通ができないからといって、人間や人間以外の動物が痛みを経験する可能性が否定されるわけではない。

※みらい翻訳を用いて翻訳

原文:
▶︎Pain is always a subjective experience that is influenced to varying degrees by biological, psychological, and social factors.
▶︎Pain and nociception are different phenomena: the experience of pain cannot be reduced to activity in sensory pathways.
▶︎Through their life experiences, individuals learn the concept of pain and its applications.
▶︎A person’s report of an experience as pain should be accepted as such and respected.
▶︎Although pain usually serves an adaptive role, it may have adverse effects on function and social and psychological well-being.
▶︎Verbal description is only one of several behaviors to express pain; inability to communicate does not negate the possibility that a human or a non-human animal experiences pain.[4]

2020年IASPによる新たな痛みの定義

そして最終的に採用されたのがこちらです。
2020年IASPの痛みの定義
実際の組織損傷もしくは組織損傷が起こりうる状態に付随する、あるいはそれに似た、感覚かつ情動の不快な体験[5]

※日本疼痛学会による翻訳

原文:
An unpleasant sensory and emotional experience associated with, or resembling that associated with, actual or potential tissue damage.[1]

従来の痛みの定義にあった「不快な(unpleasant)」が痛みの定義の案では「嫌悪性の(aversive)」となっていましたが、新たな痛みの定義では「不快な(unpleasant)」に戻っていますね。
【1979年】
An unpleasant sensory and emotional experience associated with actual or potential tissue damage, or described in terms of such damage
【案】
An aversive sensory and emotional experience typically caused by, or resembling that caused by, actual or potential tissue injury.
【2020年】
An unpleasant sensory and emotional experience associated with, or resembling that associated with, actual or potential tissue damage.

「嫌悪性の(aversive)」は多くの言語に容易に翻訳できないという批判があったみたいですね。
※ここではaversiveを嫌悪性のと訳していますが、IASPの言葉の意図を明確に表しているものではありません。

言語には限界がありますもんね。
そもそも「不快な(unpleasant)」を変える必要があったんですか?

「不快な(unpleasant)」は元々痛みに関連する苦しみを捉えていないと批判されていました。[6]

でもこの辺は英語ネイティブじゃないので文化的に理解するのは難しそうな議題です。

定義を理解する時の壁はそこですよね。
私もこの批判(痛みに関連する苦しみを捉えていない)を見たときに「そうなの?」と思いました。

それから

従来の定義の「関連する(associated with)」が、定義の案では「典型的には(typically caused by)」とになり、「関連する(associated with)」に戻りましたね。
これは直接的な因果関係を示唆させず、組織損傷への強調を減らすための様です。[1]

実際痛みがあると損傷と=に考えてしまい易いのでこの表現は重要そうですね

そうなんです。
で、痛みの定義からだと表現がすくないので痛みの定義の付記を見ながら変更点を見ていきましょう。

そして新たな付記(note)はこうなりました。
2020年IASPの痛みの定義の付記
▶︎痛みは常に個人的な経験であり、生物学的、心理的、社会的要因によって様々な程度で影響を受けます。
▶︎痛みと侵害受容は異なる現象です。 感覚ニューロンの活動だけから痛みの存在を推測することはできません。
▶︎個人は人生での経験を通じて、痛みの概念を学びます。
▶︎痛みを経験しているという人の訴えは重んじられるべきです。
▶︎痛みは,通常,適応的な役割を果たしますが,その一方で,身体機能や社会的および心理的な健康に悪影響を及ぼすこともあります。
▶︎言葉による表出は、痛みを表すいくつかの行動の1つにすぎません。コミュニケーションが不可能であることは,ヒトあるいはヒト以外の動物が痛みを経験している可能性を否定するものではありません。[5]
原文:
▶︎Pain is always a personal experience that is influenced to varying degrees by biological, psychological, and social factors.
▶︎Pain and nociception are different phenomena. Pain cannot be inferred solely from activity in sensory neurons.
▶︎Through their life experiences, individuals learn the concept of pain.
▶︎A person’s report of an experience as pain should be respected.
▶︎Although pain usually serves an adaptive role, it may have adverse effects on function and social and psychological well-being.
▶︎Verbal description is only one of several behaviors to express pain inability to communicate does not negate the possibility that a human or a nonhuman animal experiences pain.[1]

付記(note)に関しては案からの変更はなさそうです。(見落としがなければ)

付記のポイントはどこですか?

私が大切だと思うところを解説していきます。

まずは「個人は人生での経験を通じて、痛みの概念を学びます。」の「経験」です。
【1979】
「人は人生の早い時期の受傷体験を通して,“痛み”という言葉の使い方を学習する.」
【2020】
「個人は人生での経験を通じて、痛みの概念を学びます。」

この「経験」に関しては哲学者ヴィトゲンシュタインの表現が解説になるかと思います。

ヴィトゲンシュタイン
子供がケガをして泣いているのを見て、子供の痛みが泣き声を意味するというナンセンスなことを言わないだろう。そうではなく、反対に、子供に痛みがあるということを、子供の状況や泣き声やから判断しているのだと。われわれが痛みという経験を覚えるのも、泣いている子供に大人が語りかけて、子供が経験していることに言葉を与え、その後には文章を教えるだろう。子供は痛みを覚えたときにどのように振る舞うかを学ぶのである。

個人の歴史や文化によって痛みの捉え方が変わるのです。

そう考えると、
患者一人一人の痛みは同一のものではないんですね

だから痛みをReification(具体化)するってのは不可能なんです。

これはさらに付記に書いてある「言葉による表出は、痛みを表すいくつかの行動の1つにすぎません。コミュニケーションが不可能であることは,ヒトあるいはヒト以外の動物が痛みを経験している可能性を否定するものではありません。」にも繋がります。

痛み表現と痛みの経験は一致しないってことですね

そうですね。ヴィトゲンシュタインもこんなことを言ってます

ヴィトゲンシュタイン
言語をもって「痛みの表現」と「痛み」との間にはいることなど望みえない
【1979年】
「もし彼らがその体験を痛みであるとみなすなら,そしてそれが組織損傷によって生じる痛みと同じようであると訴えるならば,それは痛みとして受け入れるべきである」
「言葉で伝達できなくても,その個人が痛みを感じ,痛みを緩和する適切な治療を必要としている可能性は否定されない.」
【2020年】
言葉による表出は、痛みを表すいくつかの行動の1つにすぎません。コミュニケーションが不可能であることは,ヒトあるいはヒト以外の動物が痛みを経験している可能性を否定するものではありません。」

そして1979年から2020年版への変更は1979年の「訴えるなら」がキーかと思います。
この場合「訴えられない場合は?」となりますからね。(従来の痛みの定義には「自己報告ができない生物には適用されない」という批判があります。)
だから2020年版では「コミュニケーションが不可能であること…」という様に「訴えなくても」痛みは経験している可能性があることを明記しています。

従来の痛みの定義の付記で問題なのは↓の表現です。
【1979年】
「多くの人が組織の損傷や病態生理学的に考えられる原因がない場合にも痛みを訴えるが,通常,このようなことは心理的な理由で起こる.」
【2020年】
「疼痛は常に主観的な経験であり、生物学的、心理学的、および社会的因子によって様々な程度に影響される。」

従来の表現はまるで、「異常が見られない時は心理的な問題である」というまるで二元論的立場を取っています。
新たな定義の付記ではこの表現は消され、「疼痛は(略)生物学的、心理学的、および社会的因子によって様々な程度に影響される」とされています。

ただし従来の付記は常に二元論的なのかというとそうではなく、「痛みはいつも心理的な状態である」とも表現しています。
【1979年】
「この定義は痛みを刺激と結びつけることを避けている.われわれは痛みにはほとんどの場合,直接的な身体的原因があることを十分に理解しているが,侵害刺激によって誘発される侵害 受容器や侵害受容経路の活動が痛みなのではなく,痛みはいつも心理的な状態である.」

臨床上重要なこととして、「痛みと侵害受容は異なる現象」と表現されています。これは従来から似た表現はされてましたね。
【1979年】

「一般的に主観的な訴えを検討する場合,彼らの体験を組織損傷による体験と区別することはできない.」

【2020年】

痛みと侵害受容は異なる現象であり、痛みの経験は感覚経路の活動に還元できない。」

またこれも臨床家が陥りやすいことで、患者の痛み表現を理解できない時、その表現を「誇張表現」や「嘘」と決めつける人がいますが、それは注意すべきことです。
【1979年】
「もし彼らがその体験を痛みであるとみなすなら,そしてそれが組織損傷によって生じる痛みと同じようであると訴えるならば,それは痛みとして受け入れるべきである.」
【2020年】
「痛みとしての経験に関する人の報告は、そのまま受け入れられ、尊重されるべきです。」

最後に「痛みに似ているが不快でない体験,例えばチクリとする針でつつかれた感じは,痛みと呼ぶべきではない.」は削除されましたが、不快でない体験は痛みと呼ぶべきでないというのはどうなったのか気になるところです。

まとめ

こうやって見てみると痛みの定義とその付記はもっと深く読み解いていくことが臨床をより良くする気がしてきました。

定義は、単なる言葉の意味ではなく「ツール」ですからね。
使われなければ意味がありません。良く言われる「知っているけど理解していない」にならない様にしなければいけませんね。

より詳しく痛みを知りたい方向けに「疼痛リテラシーアップデート」を執筆しました。

参考文献

[1]Raja, Srinivasa N.a,*; Carr, Daniel B.b; Cohen, Miltonc; Finnerup, Nanna B.d,e; Flor, Hertaf; Gibson, Stepheng; Keefe, Francis J.h; Mogil, Jeffrey S.i; Ringkamp, Matthiasj; Sluka, Kathleen A.k; Song, Xue-Junl; Stevens, Bonniem; Sullivan, Mark D.n; Tutelman, Perri R.o; Ushida, Takahirop; Vader, Kyleq The revised International Association for the Study of Pain definition of pain: concepts, challenges, and compromises, PAIN: September 2020 - Volume 161 - Issue 9 - p 1976-1982 doi: 10.1097/j.pain.0000000000001939
[2]https://www.iasp-pain.org/
[3]Pain terms: a list with definitions and notes on usage. Recommended by the IASP Subcommittee on Taxonomy. Pain. 1979;6(3):249.
[4]https://www.iasp-pain.org/PublicationsNews/NewsDetail.aspx?ItemNumber=9218
[5]http://plaza.umin.ac.jp/~jaspain/pdf/notice_20200818.pdf
[6]Aydede, Murat Does the IASP definition of pain need updating?, PAIN Reports: September/October 2019 - Volume 4 - Issue 5 - p e777 doi: 10.1097/PR9.0000000000000777

-note記事まとめ-

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