ほとんどの腰痛は現在、非特異的腰痛と呼ばれています。

【用語解説】
・腰痛(LBP:Low back pain/ Lower back pain)
腰痛の定義にはばらつきがあります。
本邦のガイドラインでは「体幹後面に存在し, 第12肋骨と殿溝下端の間にある, 少なくとも1日以上継続する痛み.片側,または両側の下肢に放散する痛みを伴う場合も, 伴わない場合もある」が採用されています。

・非特異的腰痛(NSLBP:non-specific low back pain)
特定の病態に起因しない腰痛(機械的原因と考えられる腰痛を含む)を非特異的腰痛といいます[a]。文献によって腰痛の22%-99%が非特異的腰痛とされますが、多くの場合85%が非特異的腰痛と説明しています。このパーセンテージの根拠は古いか、引用文献なしに言われています。
Deyoら(1992)は「症状、病理学的変化、画像診断の結果の関連性が弱いため、85%までの患者が確定診断を受けることができない」と説明し、これらの症例の多くは筋・靭帯損傷や退行性変化に関連していると推測しました。またプライマリーケアを受ける患者の4%が圧迫骨折、3%が脊椎すべり症、0.7%が脊椎悪性新生物、0.3%強直性脊椎炎、0.01%脊椎感染症が占めました[b]。これは非特異的腰痛が腰痛の85%を占める根拠として用いられることがあります。しかし現在では検査方法の手段が多く、また従来より使いやすくなり、検証もされてきているため特異的腰痛に分類できる腰痛も増えているという指摘もあります。

しかしこの非特異的腰痛という用語には批判的な意見もあります。

例えばBishopら(2015)が行なった質的研究では非特異的腰痛という語に対して「患者にとって馴染みがなく、情報が少ない」「臨床的な情報はない」といった意見が見られました[1]。

・患者にとって馴染みがなく、情報が少ない
何を言っているのかわからないから、きっと患者さんはわからないと思います。非特異的というのは、あまり役に立たないということです。筋や関節や靭帯に痛みがあるか、神経が絞扼しているかのいずれかであり、それが聞きたいことであり、非特異的腰痛のような言葉は聞きたくなく、それが何であり、何でないかを知りたいのです。

・臨床的な情報はない
私たちは一貫性のあるグループを作ることに苦労し、ほとんどデフォルトの設定になってしまい、 「持続性非特異的腰痛」 という言葉を使ってきました。臨床医の立場からすると、この用語は患者を管理するためのアプローチにまったく役立たちません。診断の観点からも、分類やメカニズム、患者の疾患について何も教えてくれませんから、臨床的に役立つ用語を探しているのであれば、まったく役に立ちません。

【用語解説】
・持続性非特異的腰痛(PNS-LBP:persistent non-specific low back pain)
NICEは、持続性非特異的腰痛を、「悪性腫瘍、感染症、骨折、炎症性疾患、神経根圧迫に起因しない、腰部領域の緊張、痛み、および/またはこわばりであり、少なくとも6週間以上12ヵ月以内に再発または持続するもの」と定義しています[a]。

多くの臨床医は「non-specific」という形容詞を重視したり使用したりせず、代わりに治療を導くためのより語を求めました。これは日本語の「非特異的」においても同様だと思われます。

2007年の腰痛の検査に関するSystematic reviewには以下のように書かれています[2]。

「腰痛ガイドラインでは、大半の症例で痛みの原因を特定できないという理由から、非特異的腰痛という用語の使用を推奨しています。しかし、ほとんどのガイドラインでは、この立場を支持する一次研究には言及していません。現在では、非特異的腰痛という診断の有用性を疑問視する著者や臨床家もいます。もし腰痛の組織源が特定できれば、より論理的で効果的な介入が可能になるかもしれません。」

【用語解説】
・系統的レビュー(Systematic review)
関連する研究を特定し、選択し、批判的に評価するために体系的かつ明確な方法を用いた、明確に定式化された疑問についてのレビューです。

Kentら(2004)は「非特異的腰痛を区別する現在の能力が不完全である可能性が高い。(略)臨床医が急性非特異的腰痛をさらに識別できるという証拠はほとんどない」と前置きした上で「このような制限を考えると、非特異的腰痛を一つの実体として扱いたくなり、このような均質なアプローチを主張する者もいます。しかし、他の著者は、非特異的腰痛は不均一である可能性が高く、いくつかのサブグループで構成されている可能性が高いと主張している。」と続けています[3]。

さらにFritzら(2000)もKentらと似たような主張をしています。

RCTでは、運動、徒手療法、牽引など、理学療法士が一般的に使用する多くの治療アプロ ーチで治療成績が改善したという一貫したエビデンスを見つけることができませんでした。
RCTから肯定的な研究結果が得られないことの説明のひとつは、非特異的腰痛患者は均質な集団とみなされ、すべての患者が特定の治療で成功する可能性も失敗する可能性も同じであると考えられていることです。
何人かの著者は、腰痛患者は実際には、より小さな同質の分類からなる異質な集団であると理論化しています。提案されているように、各同質な分類は、その分類に特有なタイプの治療に反応する可能性が高いです。

さらに腰痛ガイドラインの中にも非特異的腰痛の使用に否定的なものまであります[5]。

腰痛の大部分は、構造的な原因が特定できないことが認識されている。
「非特異的腰痛」という用語は、腰痛の生物学的根拠を示すものでも、臨床的な意思決定に役立つものでもない。
したがって、今後の研究では、病歴や理学的所見から患者をサブグループに分類し、予測可能な有効な治療法を特定することで有効性を検証できるようなクラスターを確実に特定することに焦点を当てるべきである。
非特異的腰痛のさらなる研究は不要である。

代替案は欠如している

このような問題提起は実際年々も前から行われてきました。
それでも非特異的腰痛が用いられるのは恐らく、適度で誤解のない表現が見つからないからです。非特異的腰痛のサブグループ化も多くの案が開発されてきましたが、まだ成功したわけではありません。
非特異的腰痛という語は不確実なものを不確実と表現するといった点で情報の取り扱いに健全な用語です。一方で上記してあるように臨床的価値が高いかといえばそうとは言い難いです。

ドクターに話を聞くと非特異的腰痛というよく分からない曖昧な語を嫌う先生もいます。
この場合の代替手段は多少情報が不正確であっても非特異的腰痛ではなく、もっと具体的な椎間関節性腰痛などの診断名をつけることです。
この場合、確実に椎間関節性腰痛とは言い難いケースでは誤った表現になりますが、臨床的には扱いやすいものとなります。

このように臨床的な利点と表現の健全さは両立が難しいためどちらを使うべきか意見が分かれることになります。

まとめ

非特異的腰痛に反対である立場の主な主張をまとめると以下のようになります。
・患者にとって馴染みがなく、情報が少ない
・臨床的な意思決定に役立たない
・腰痛の生物学的根拠を示さない
・有効性が不明

参考文献
[1]Bishop, F. L., Dima, A. L., Ngui, J., Little, P., Moss-Morris, R., Foster, N. E., & Lewith, G. T. (2015). "Lovely Pie in the Sky Plans": A Qualitative Study of Clinicians' Perspectives on Guidelines for Managing Low Back Pain in Primary Care in England. Spine, 40(23), 1842–1850. https://doi.org/10.1097/BRS.0000000000001215
[2]Hancock, M. J., Maher, C. G., Latimer, J., Spindler, M. F., McAuley, J. H., Laslett, M., & Bogduk, N. (2007). Systematic review of tests to identify the disc, SIJ or facet joint as the source of low back pain. European spine journal : official publication of the European Spine Society, the European Spinal Deformity Society, and the European Section of the Cervical Spine Research Society, 16(10), 1539–1550. https://doi.org/10.1007/s00586-007-0391-1
[3]Kent, P., & Keating, J. (2004). Do primary-care clinicians think that nonspecific low back pain is one condition?. Spine, 29(9), 1022–1031. https://doi.org/10.1097/00007632-200405010-00015
[4]Fritz, J. M., & George, S. (2000). The use of a classification approach to identify subgroups of patients with acute low back pain. Interrater reliability and short-term treatment outcomes. Spine25(1), 106–114. https://doi.org/10.1097/00007632-200001010-00018
[5]Kreiner, D. S., Matz, P., Bono, C. M., Cho, C. H., Easa, J. E., Ghiselli, G., Ghogawala, Z., Reitman, C. A., Resnick, D. K., Watters, W. C., 3rd, Annaswamy, T. M., Baisden, J., Bartynski, W. S., Bess, S., Brewer, R. P., Cassidy, R. C., Cheng, D. S., Christie, S. D., Chutkan, N. B., Cohen, B. A., … Yahiro, A. M. (2020). Guideline summary review: an evidence-based clinical guideline for the diagnosis and treatment of low back pain. The spine journal : official journal of the North American Spine Society, 20(7), 998–1024. https://doi.org/10.1016/j.spinee.2020.04.006
【用語解説の参考文献】
・非特異的腰痛(NSLBP:non-specific low back pain)
[a]Violante, F. S., Mattioli, S., & Bonfiglioli, R. (2015). Low-back pain. Handbook of clinical neurology, 131, 397–410. https://doi.org/10.1016/B978-0-444-62627-1.00020-2
[b]Deyo, R. A., Rainville, J., & Kent, D. L. (1992). What can the history and physical examination tell us about low back pain?. JAMA, 268(6), 760–765.
・持続性非特異的腰痛(PNS-LBP:persistent non-specific low back pain)
[a]National Collaborating Centre for Primary Care (UK). (2009). Low Back Pain: Early Management of Persistent Non-specific Low Back Pain. Royal College of General Practitioners (UK).

記事情報

  • 公開日:2023/09/10
    参考文献を除く本文:2936文字
    参考文献を含む本文:5030文字
  • 最終更新日:2023/09/10
    誤字の修正、まとめ項目の追加
    参考文献を除く本文:3027文字
    参考文献を含む本文:5121文字

【注意事項】
本記事は一介の臨床家が趣味でまとめたものです。そのため専門的な文献に比べ、厳密さや正確性は不十分なものとなっています。引用文献を参照の元、最終的な情報の取り扱いは個人にお任せします。
誤りや不適切な表現を見つけた際には修正し、「記事情報」に更新があったことを記述します。

Twitterでフォローしよう