可動域検査の基準として参考可動域や平均可動域を用いることができますが、これらは何か怪我や疾患のリスク・予防となる基準でも日常生活に必要な基準でもありません。
参考可動域と平均可動域はしばしば正常の基準として誤解されており、これらの数値より低いと過小可動性、高いと過剰可動性と判断されてしまうことがあります。

例えば頸椎側屈の参考可動域は50°で平均可動域を30~42°で報告する文献もあります。
これを切ったら異常な可動域なのでしょうか?
例えば側屈可動域が25°の患者さんは日常生活で障害があるのか考える必要があります。
臨床では参考可動域の情報だけ有している人は参考可動域の50°と患者さんの可動域測定結果の25°を比べて可動域を回復しなくてはならないと考えてしまうかも知れません。

参考可動域と平均可動域よりも可動域が低くても日常生活を問題なく送れ、怪我のリスクにもならないことは珍しくありません。臨床的により有用な基準はリスク・予防因子として特定された可動域や特定の個人において日常生活で利用される機能的可動域(functional ROM)です。

日常生活に必要な頸椎の可動域

Bennettらは頸椎の動きを必要とする13種類の機能的タスクを行う際に必要な可動域を調査しました[1]。

被験者:頸椎疾患や痛みのない理学療法士の学生28名、女性20名、男性8名、平均年齢23歳(範囲21~26歳)
計測器:CROM device

その結果、側屈で最も大きな動きを必要とする動作は交差点を横切るために頭を左右に回すことで、左に22.2°、右に 21.6°の側屈が必要でした。
回旋で最も必要な動作は車を後退させる作業で67.6°の回旋が必要でした。
屈曲は座った姿勢で靴を結ぶ際に最大となり66.7°必要でした。

側屈(°) 回旋(°) 屈曲伸展(°)
ピッチャーから注ぐ 5.7 11.5 18.3
グラスから口へ 1.5 7.4 6.5
ナイフやフォークで切る 2.9 9.0 15.7
電話を持つ 8.6 9.3 5.1
新聞を読む 2.2 11.4 19.9
テーブルで字を書く 9.6 16.5 26.2
靴紐を結ぶ 3.0 26.3 66.7
車をバックさせる 6.1 67.6 4.8
椅子から立ち上がる 4.2 11.8 16.1
ドアを開ける 3.4 11.1 7.9
シャワーで髪を洗う 2.0 11.8 42.9
頭上の物に手を伸ばす 1.6 4.3 4.3
交差点で左を向く 22.2 31.7 5.9
交差点で右を向く 21.6 54.3 8.1

屈曲と回旋については本邦の参考可動域程度かそれ以上の可動域が必要なようですが、側屈は25°あれば十分でした。

<日常生活に必要な頸椎の可動域と参考可動域と平均可動域の比較>

日常生活に必要な可動域 参考可動域 平均可動域
屈曲/靴紐を結ぶ 67° 60° 47~65°
回旋/車をバックさせる 67° 60° 56~76°
側屈/交差点で左右を向く 22° 50° 30~42°

恐らく屈曲と回旋の日常生活に必要な頸椎の可動域が平均可動域や参考可動域を超えてしまった理由は測定時の肢位が関係しています。
通常可動域検査は腰掛け座位で行われます。
一方で座った姿勢で靴紐を結ぶ動作は腰椎と胸椎の屈曲といった他の関節の関与が変わってきます。
このことから、標準的な可動域検査手順で行った可動域と日常生活活動肢位での可動域は一致しない可能性が示唆されます。これを考慮して通常の可動域検査とは別に、靴紐を結ぶ・車をバックさせる・交差点で左を向く肢位を取れるかが機能的な可動域検査の指標として用いることもできます。

<靴紐を結ぶ動作>
<車をバックさせる動作>

本邦における頸椎可動域検査法

<頸椎屈曲>

参考可動域 基本軸 移動軸 測定肢位および注意点 参考図
0-60° 肩峰を通る床への垂直線 外耳孔と頸頂を結ぶ線 頭部体幹の側面で行う
原則として腰かけ座位と する

<頸椎伸展>

参考可動域 基本軸 移動軸 測定肢位および注意点 参考図
0-50° 肩峰を通る床への垂直線 外耳孔と頸頂を結ぶ線 頭部体幹の側面で行う
原則として腰かけ座位と する

<頸椎側屈>

参考可動域 基本軸 移動軸 測定肢位および注意点 参考図
0-50° 第7頚椎棘突起と第1仙椎の棘突起を結ぶ線 頭頂と第7頚椎棘突起を結ぶ線 体幹の背面で行う
腰かけ座位とする

<頸椎回旋>

参考可動域 基本軸 移動軸 測定肢位および注意点 参考図
0-60° 両側の肩峰を結ぶ線への垂直線 鼻梁と後頭結節を結ぶ線 腰かけ座位で行う

臨床的意義

最初に「側屈可動域が25°の患者さんは日常生活で障害があるのか」という問いをしましたが、これらの動作が日常の最大の側屈動作の患者さんであれば障害は出ないはずです。

職業や日常行っている作業によって必要な可動域は変わるため臨床的には「日常生活で困る動作」を聞きならが目標の可動域を設定します。

最大の回線動作は車をバックさせることでした。実際に頸部痛を有する患者さんが車のバック時に痛くて振り向けないケースに出会うことがあります。車を運転しない人にこの可動域は当てはまりません。車のバックの次に大きな可動域が必要だったのは交差点で右を向く54.3°でした。また日常生活では車のバックに類似した動作として後ろを振り向くことがあります。この動作では車同様の可動域が必要な可能性があります。

参考文献
[1]Bennett, S. E., Schenk, R. J., & Simmons, E. D. (2002). Active range of motion utilized in the cervical spine to perform daily functional tasks. Journal of spinal disorders & techniques, 15(4), 307–311. https://doi.org/10.1097/00024720-200208000-00008
[2]Tousignant, M., Smeesters, C., Breton, A. M., Breton, E., & Corriveau, H. (2006). Criterion validity study of the cervical range of motion (CROM) device for rotational range of motion on healthy adults. The Journal of orthopaedic and sports physical therapy, 36(4), 242–248. https://doi.org/10.2519/jospt.2006.36.4.242
[3]Malmström, E. M., Karlberg, M., Melander, A., & Magnusson, M. (2003). Zebris versus Myrin: a comparative study between a three-dimensional ultrasound movement analysis and an inclinometer/compass method: intradevice reliability, concurrent validity, intertester comparison, intratester reliability, and intraindividual variability. Spine, 28(21), E433–E440. https://doi.org/10.1097/01.BRS.0000090840.45802.D4

 

記事情報

  • 公開日:2023/10/25
    参考文献を除く本文:2136文字
    参考文献を含む本文:3010文字
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  • 最終更新日:2023/10/25
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本記事は一介の臨床家が趣味でまとめたものです。そのため専門的な文献に比べ、厳密さや正確性は不十分なものとなっています。引用文献を参照の元、最終的な情報の取り扱いは個人にお任せします。誤りや不適切な表現を見つけた際、誤字を修正した場合、追記した時には「記事情報」に記述します。

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