僧帽筋は肩こりの原因筋であると主張されることがありますが、その根拠は誤っている可能性があります。

僧帽筋の基礎解剖学

名前は左右の僧帽筋を合わせると僧帽(カトリックの司教冠)に形が似ていることから名付けられました。英語名のTrapeziusもダイヤモンド型であることに由来しています。
僧帽筋は、頭蓋骨・脊柱・肩甲骨・鎖骨と広く付着するため頸部や肩甲帯の多くの動作に関与しています。
また僧帽筋は上部繊維・中部繊維・下部繊維に分けられます。文献によって中部繊維がどの範囲を指すのか異なることがあります。
僧帽筋の前縁は胸鎖乳突筋と鎖骨とともに後頸三角を構成します。
<後頸三角>
名称 僧帽筋(そうぼうきん)
・上部繊維
・中部繊維
・下部繊維
英語表記 Trapezius muscle
・Descending part(superior fibers)
・Transverse part(middle fibers)
・Ascending part(inferior fibers):
略称 TM/ Trap
起始 ・上部繊維:上項線(Superior nuchal line)の内側3分の1、外後頭隆起(External occipital protuberance)、項靱帯(Nuchal ligament)
・中部繊維:T1~T4の棘突起(Spinous process)、棘上靱帯(Supraspinous ligament)
・下部繊維:T4~T12の棘突起(Spinous process)、棘上靱帯(Supraspinous ligament)
停止 ・上部繊維:鎖骨(Clavicle)外側3分の1
・中部繊維:肩峰(Acromion)、肩甲棘(Spine)
・下部繊維:肩甲棘内側
支配神経 脊髄副神経(Accessory nerve)
神経根/分節 N/A
作用 ・上部繊維
肩甲胸郭関節:肩甲骨挙上
頸椎:同側側屈、伸展、対側回旋
・中部繊維
肩甲胸郭関節:肩甲骨内転
・下部繊維:
肩甲胸郭関節:肩甲骨を下内側に引く
血液供給 後頭動脈(Occipital artery)、頸横動脈(Transverse cervical artery)、肩甲背動脈(Dorsal scapular artery)

起始停止から生じる僧帽筋の走行に関する誤解

僧帽筋上部繊維は上項線の内側3分の1・外後頭隆起・項靱帯から鎖骨外側3分の1まで伸びています。
そのため単純に起始停止を繋げると図のように上を向いているイメージになり、僧帽筋が鎖骨を上方向に引っ張っているように解釈してしまします。
また僧帽筋が鎖骨を通じて上肢を吊り下げているという認識もあり、これが肩こりの原因になると考える人もいます。
しかし実際僧帽筋上部繊維の繊維方向は極端に上方を向いている訳ではなくむしろ内外(水平)方向に向いており、鎖骨及び上肢を吊り下げているわけでもありません。
<僧帽筋の走行に関する誤解>

Johnsonは防腐処理された検体を用いて僧帽筋の走行を調査しました[1]。
C7レベルより上の繊維は全て鎖骨に付着しており、上項線からの束が最も前方に付着し、次に項靱帯の上半分、下半分が続きます。

上項線からの繊維は上項線付近だけ見ると上下方向に走行していますが、頸部を回った後、鎖骨にほぼ水平に近づき、わずかに下方に傾きます。
C7からの繊維は外向きに走っています。

また上項線からの線維の生理学的断面積はわずか0.3 cm^2しかなく、項靱帯上半分は0.7 cm^2、下半分は2.3 cm^2とC7に近づくほど大きくなります。
上項線の線維のみが鎖骨に垂直方向の力を加える能力を与えられている可能性がありますが、そのサイズが小さいため、この動作における強度は制限されます。さらに停止部に向けてこれらの繊維はほぼ水平になります。その結果、繊維が鎖骨に到達する前に、繊維が持つ上向きの作用が打ち消されることになります。
そのため僧帽筋は鎖骨を上方に直接持ち上げるように配置されていません。

しかし間接的に鎖骨を上方に持ち上げる作用は有しています。
僧帽筋は鎖骨と肩甲骨を内後方に引きます。その結果、胸鎖関節を介して鎖骨を上方に引き上げます。
また同様に胸鎖関節を介して鎖骨を後退させます。
<僧帽筋が胸鎖関節を介して鎖骨を挙上させる>
<僧帽筋が胸鎖関節を介して鎖骨を後退させる>

 

この構造により上肢の重さは頸部僧帽筋にはかからず、そして僧帽筋を頚椎に固定する必要がないからこそ僧帽筋が棘突起に直接付着せず、項靱帯に付着していると考えられました。
また僧帽筋は垂直方向よりも水平方向に繊維が走っているため、上肢によって頸椎にかかる圧縮荷重を回避できます。

しばしば提唱される上肢の重さを僧帽筋が支えているから肩こりになりやすいという主張は適切ではない可能性があります。

 

参考文献
[1]Johnson, G., Bogduk, N., Nowitzke, A., & House, D. (1994). Anatomy and actions of the trapezius muscle. Clinical biomechanics (Bristol, Avon), 9(1), 44–50. https://doi.org/10.1016/0268-0033(94)90057-4

 

記事情報

  • 公開日:2023/10/05
    参考文献を除く本文:1946文字
    参考文献を含む本文:2130文字
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  • 最終更新日:2023/10/05
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【注意事項】
本記事は一介の臨床家が趣味でまとめたものです。そのため専門的な文献に比べ、厳密さや正確性は不十分なものとなっています。引用文献を参照の元、最終的な情報の取り扱いは個人にお任せします。誤りや不適切な表現を見つけた際、誤字を修正した場合、追記した時には「記事情報」に記述します。

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