臨床では治療効果の判定は難しい.
症状が強い時期に治療を受けると,次回の評価時には症状が平均的な状態に戻る傾向があるため,実際の治療効果ではなく,変動による改善と誤認する可能性がある.これは平均への回帰と呼ばれている[2].
医療現場で実施された試験の参加者と比較すると,一般集団の参加者の方が平均疼痛強度は低いことがあるが[3],これは痛みが最も強いときに人々が医療を求めることに由来する可能性がある.
自然経過によって症状が軽減することも治療効果の誤認に繋がる.例えば風邪は薬や治療をせずとも時間とともに自然に回復するため,治療を受けた場合,治療の影響で回復が早まったのか判断するのが困難となる.
この2つの現象は医療従事者が自身の治療を過大評価し,経験則として「この治療には効果がある」と勘違いする原因である.
とはいえ,我々はどの程度治療効果を誤解するリスクを負っているのだろうか.
患者の報告と医療者の報告のギャップ
この研究はカイロプラクター115名が,腰痛患者を対象にカイロプラクティック治療の効果を調査した前向きコホート研究で,治療は脊椎マニピュレーションを含む各カイロプラクターの判断に基づいた方法で行われ,評価はベースライン,4回目の診察時,3カ月後,12カ月後に実施された[1].
平均への回帰
一般的に,痛みまたは機能障害が「軽度」と分類された患者では,その後の時点で「悪化」する割合が高く,「重度」と分類された患者の多くが,その後の時点で「改善」したと報告されやすい.
この研究での疼痛と障害パターンは,平均への回帰で想定される結果に似ている.
経過に対する認識のギャップ
12か月後,患者の62%が合計で少なくとも30日間の腰痛を経験した.12か月の追跡期間中に腰痛が再発したと報告した患者は80%であった.しかし,カイロプラクターは12か月の時点で腰痛の再発を経験した患者は26%に過ぎなかったと報告した.
記録は必ずしもカイロプラクターの主観的な認識だけでなく,評価の枠組みや記録の形式にも影響を受けるため,26%が必ずしもカイロプラクターの認識とは限らないが,少なくとも記録上のギャップは大きかった.
経過に対する医療従事者の認識は想像以上に現実と異なっているかもしれない.もし,記録上の結果から自身の臨床成績を判断する場合,医療従事者は非常に大きく効果を過大評価する可能性がある.
ニセ医学の主張
ニセ医学を行っている人に,どういう根拠で効果があると考えているか聞いたことがある.この問いに対する答えは「私が治療した患者は腰痛を再発していない」というものだった.
しかし医療者にポジティブな感情を持った人は,社交辞令や善意によって実際の効果以上に改善を報告することもあれば,ネガティブな感情を持った人は効果がなかったことや悪化したことは伝えずに医療者の元を去ることもある.
上記のように平均への回帰や経過に対する認識のギャップも影響する.そのため医療者は患者さんから良い報告ばかり受けることになり,医療者は自分が治療した患者さんがどのような経過を辿ったか適切に追跡するのは難しくなる.
これらの理由で,現実的に「私が治療した患者は腰痛を再発していない」という経験則は怪しいものであることが多い.中には来なくなった患者さんを「治ったから来なくなった」「リピートしてないということは再発していないからだ」と解釈してしまう人さえいる.
このようなバイアスに気づかないまま自身の経験則を信じ込んでしまえば,治療効果の過大評価がさらに強化され,客観的な評価から遠ざかってしまう.医療者が自身の臨床経験に頼ることは重要だが,それを批判的に検証し続ける姿勢が求められる.
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