痛み治療における恐怖

痛みにおける恐怖

痛みを有している患者は恐怖(Fear)を有していることがあります。
医療における恐怖というと精神疾患のようなもの、いわゆる「病的な恐怖(Pathological fear)」をイメージするかもしれませんが、心理現象としての怖さといった軽いものを含んで、恐怖と呼ばれています。

特に痛みに関連した恐怖を「Pain-Related Fear(以下PRF)」と呼びます。
PRFの概念も幅広く、再負傷に対する恐怖や、痛みやその他の身体感覚を感じたときだけ活動や動作を避けたり調整したりすることも含みます。

しばしば恐怖には回避(出来事を先送りしたり回避したりする行動)が付随し、回避者(avoiders)と呼ばれます。
恐怖と回避の関連は古くから考察や研究の対象となっており、「恐怖-回避(Fear-avoidance)」という語は1983年に作られ、それ以前から研究されてきました[2][3]。

腰痛における恐怖

腰痛で典型的に見られる恐怖は、「地面から荷物を持ち上げることへの恐怖」です。
この恐怖心はもはや文化的に根強く、過去持ち上げる途中に腰を痛めた経験がある人だけでなく、腰椎屈曲姿勢が体に悪いと教え込まれた腰痛経験のない人までこの動作を避けることがあります。
また過去持ち上げる途中に腰を痛めた人を見ることで恐怖するようになる人もいます。

このような恐怖心は腰痛がなくなった後でも持続し、その後の生活で持ち上げ動作を避けようとする回避が永続化します。
これは「腰痛と障害は区別されなければならない」ことと「生物学的異常のみを対象とした治療では患者を健康に戻すことはできない」ことの典型例です。

恐怖の般化

上記した例では1つの腰痛経験が他の人伝わり、恐怖が伝播した例です。この例では1人または複数人の経験がより多くの複数人に伝わっていますが、1人の腰痛経験がその人の中で様々な動作に恐怖を及ぼすこともあります。

本来恐怖を引き起こす刺激でなくても類似したもので恐怖が引き起こされるのが、Fear Generalization(直訳で恐怖の般化)です[4]。ヒトは物理的な類似性を超えた規則性に基づいて過去の経験から一般化することに長けています。

カテゴリに基づいて恐怖の般化するかもしれませんし、意味や連想から恐怖の般化をすることもあります。
例えばある人は腰椎屈曲位の重量物持ち上げ動作時に痛みが生じたのであれば、患者の中で「持ち上げカテゴリ」を形成し、恐怖心は持ち上げることに類似した動作に波及させます。またある人は屈曲から椎間板が飛び出ると「意味づけ」し、椎間板が飛び出そうなことに恐怖します。

痛みの恐怖回避モデル(Fear avoidance model)

PRFによって生じる回避によって回復を妨げることを表すモデルに「恐怖回避モデル(FAM)」があります[5][1]。
FAMは何度か変更されていることに注意してください。

FAMは痛みが増したり悪化したりするのではないかという恐怖のために、運動や身体活動を避け、不安や痛みの知覚の増加に加えて、活動の減少を引き起こし、体調不良と痛みの増加につながり、さらにそれがさらなる運動や身体活動を避けることになる悪循環を強化するという仮説です。

痛みには目に見えない(外的な参照基準がない)ため、例えば通常の視覚や触覚よりも解釈の余地が大きいことから、痛み経験おける認知過程の重要性が強調されています。

FAMに基づいた介入には暴露療法(例えば屈曲すると腰が痛くなると信じている人に対しては、その認識と実際の経験が矛盾するように屈曲に繰り返し暴露してもらう)などの痛みに対する捉え方を変えるような手段が用いられます。

FAMが支持されている根拠として前年度に腰痛のなかった人の中で恐怖回避信念が強い人(mFABQのスコアが中央値以上)が1年後の追跡調査で腰痛のエピソードに悩まされるリスクがオッズ比で2.04、身体機能が低下するリスクが1.70と高かったことが挙げられます[6]。
ただし、FAMに基づいて介入してもより高い効果が得られるかは分かっていません。

参考文献

[1]Vlaeyen, J. W. S., & Linton, S. J. (2000). Fear-avoidance and its consequences in chronic musculoskeletal pain: a state of the art. Pain , 85 (3), 317–332. https://doi.org/10.1016/S0304-3959(99)00242-0
[2]Lethem, J., Slade, P. D., Troup, J. D., & Bentley, G. (1983). Outline of a Fear-Avoidance Model of exaggerated pain perception--I. Behaviour research and therapy, 21(4), 401–408. https://doi.org/10.1016/0005-7967(83)90009-8
[3]Slade, P. D., Troup, J. D., Lethem, J., & Bentley, G. (1983). The Fear-Avoidance Model of exaggerated pain perception--II. Behaviour research and therapy, 21(4), 409–416. https://doi.org/10.1016/0005-7967(83)90010-4
[4]Dymond, S., Dunsmoor, J. E., Vervliet, B., Roche, B., & Hermans, D. (2015). Fear Generalization in Humans: Systematic Review and Implications for Anxiety Disorder Research. Behavior therapy, 46(5), 561–582. https://doi.org/10.1016/j.beth.2014.10.001
[5]Vlaeyen, J. W. S., Crombez, G., & Linton, S. J. (2016). The fear-avoidance model of pain. Pain, 157(8), 1588–1589. https://doi.org/10.1097/j.pain.0000000000000574
[6]Linton, S. J., Buer, N., Vlaeyen, J., & Hellsing, A. L. (2000). Are fear-avoidance beliefs related to the inception of an episode of back pain? A prospective study. Psychology & health, 14(6), 1051–1059. https://doi.org/10.1080/08870440008407366

 

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