BMJ(British Journal of Sports Medicine)からスポーツにおける急性非外傷性疼痛ケアに関するエディトリアル「There is more to pain than tissue damage: eight principles to guide care of acute non-traumatic pain in sport(直訳:痛みには組織損傷以上のものがある:スポーツにおける非外傷性急性疼痛のケアの指針となる8つの原則)」[1]が出ていました。
スポーツなのに"非外傷性"というのが興味深いです。
確かにこのタイトルを読むまであまりスポーツに関する急性疼痛を"非外傷性"という観点を特別意識していないかったように思います。タイトルの時点で反省させられました。

【用語解説】
・エディトリアル(Editorial)または巻頭辞

現在重要視されている問題や、今後大きく議論されるであろうトピックや研究に言及した論文のことで、あくまで現在浮上している問題に言及しており、特定の研究内容を発表しているわけではありません。エディトリアルは専門用語も少なく、文章が全体的に短く、簡潔であるため医療者でなくても読んで理解しやすいです。

8つの原則

この文献で提唱されている8つの原則は以下の通りです。

  1. 外傷がない場合、痛みが組織の損傷を示すと考えない
  2. 重篤な病変が疑われる場合、または画像診断が治療に直接影響する場合を除き、画像診断を依頼しない。
  3. 痛みに寄与しうる生物心理社会的因子を探る
  4. 検査や治療において、痛みについて肯定的なメッセージを伝える
  5. 負荷やスポーツ暴露に対する組織の耐性を向上させる
  6. 受動的治療は、能動的治療の補助としてのみ使用する
  7. 自己効力感を高めるために、意思決定を共有する。
  8. 統一したメッセージを伝えるために、学際的なアプローチを用いる。

より細かい説明は原文を参照してください。

アスリートに生じる痛みは外傷と判断されがち

このエディトリアルから最も考えさせられたのは「外傷や組織損傷がないにもかかわらずアスリートに生じる痛みは、依然として臨床医、コーチ、アスリート自身によって「injury」と分類されることがよくあります。」という文章です。
これは原則の「外傷がない場合、痛みが組織の損傷を示すと考えない」につながっています。

スポーツに関連する痛み、アスリートに生じる痛みは無意識に外傷と判断してしまいやすくなるバイアスは私も含めかなり多くの人にあるように思えます。その中でも特にオーバーロード(過負荷)、オーバーユース、ミスユースのいずれかが原因として考えがちです。

また痛みの発症様式・発症機序が明らかな場合でオーバーロードと同時に痛みが生じたケースであれば原因は明らかですが。オーバーユース、ミスユースで使われる微小損傷(microtrauma)は、実際微小損傷であるという証拠はない場合に辻褄を合わせるために使われがちです。

生物心理社会的因子を探る質問例

最近スポーツに関連する痛みでもBPS modelに由来する生物心理社会的因子(Biopsychosocial factors)が文献中に散見されます。
このエディトリアルには生物心理社会的因子を探る質問例が載っていました。

痛みの発症 この痛みがどのように始まったのか教えてください
痛みが始まった頃の状況を教えてください
睡眠の質 定期的によく眠れていますか?
ストレスレベル 最近のストレスのレベルをどう思いますか?
痛み信念 この痛みは何を意味すると思いますか?
痛みの感情 この痛みはあなたをどのように感じさせますか?
原因の信念 痛みの原因は何だと認識していますか?
画像の理解 画像検査の結果をどう捉えていますか?
回避信念 なぜ曲げる/持ち上げる/走る/遊ぶべきではないと思うのでしょうか?

 

【用語解説】
・BPS model(Biopsychosocial model)または生物心理社会モデル
BPS modelの提唱者であるEngleはBPS modelを明確に定義していません。そのためBPS modelが何であるか説明する明確な表現がないだけでなく、哲学なのか理論なのかイデオロギーなのかアルゴリズムなのかフレームワークなのかヒューリスティックなのか混乱があります[d]。EngelはBPS modelを科学であると言いましたが科学であると言えるだけの説明はされていません。
SulsらはBPS modelを「生物学的、心理学的、社会的プロセスが、身体の健康と疾患に統合的かつ相互的に関与していること」と説明しています[c]。
WaddellらはBPS modelを「生物心理社会的という言葉は不器用な専門用語であるが、それに代わる適切な言葉を見つけるのは難しい。簡単に言えば、これは個人を中心としたモデルであり、その人、その人の健康問題、そしてその人の社会的背景を考慮したものである」と説明しています[e]。
1954年に”biopsychosocial”という語が作られ、その後1977年EngelによってBiopsychosocial Model(BPS model)が提唱されました[a,b]。BPS modelは元々疾患(Disease)に対して提唱されたものでしたが、数年後痛みについても拡張され”BPS model of Pain”と呼ばれています。これに対して疾患と健康について言及する際はBiopsychosocial Model of Health and Diseaseと表現することもあります。
BPS modelに対して、従来の医療モデルはBM model(Biomedical Model)、日本語では生物医学モデルと呼ばれます。

今回の文献を通して次に目を通したい文献は?

主に「International Olympic Committee consensus statement on pain management in elite athletes」。他の参考文献も気になるのが多いので目を通しておきたい。

 

参考文献
[1]Caneiro, J. P., Alaiti, R. K., Fukusawa, L., Hespanhol, L., Brukner, P., & O'Sullivan, P. P. (2021). There is more to pain than tissue damage: eight principles to guide care of acute non-traumatic pain in sport. British journal of sports medicine, 55(2), 75–77. https://doi.org/10.1136/bjsports-2019-101705
用語解説の参考文献
[a]Álvarez, A. S., Pagani, M., & Meucci, P. (2012). The clinical application of the biopsychosocial model in mental health: a research critique. American journal of physical medicine & rehabilitation, 91(13 Suppl 1), S173–S180. https://doi.org/10.1097/PHM.0b013e31823d54be
[b]Engel G. L. (1977). The need for a new medical model: a challenge for biomedicine. Science (New York, N.Y.), 196(4286), 129–136. https://doi.org/10.1126/science.847460
[c]Suls, J., & Rothman, A. (2004). Evolution of the Biopsychosocial Model: Prospects and Challenges for Health Psychology. Health Psychology, 23(2), 119–125. https://doi.org/10.1037/0278-6133.23.2.119
[d]#15 the Biopsychosocial Model - with Ben Cormack. Home. (2022, May 25). Retrieved December 13, 2022, from https://www.shoulderphysio.com/podcasts/the-shoulder-physio-podcast/episodes/2147653772
[e]Waddell, G., & Burton, A. K. (2004). Concepts Of Rehabilitation For The Management Of Common Health Problems.

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