動作に適応する椎間板
人が歩く,走る,蹴る,投げる,持ち上げるといった動きを行うたびに,脊柱を構成する椎体は前後左右に滑り,揺れ,捻れる.このような多様な運動に対し,椎体と椎体の間に位置する椎間板は動的にその変形を許容しつつ,安定性を保ち続ける.椎間板は中心の髄核とそれを取り囲む線維輪からなり,この構造が様々な応力に対する適応性を担保している.
以下では,牽引,並進運動,回旋運動,屈曲・伸展・側屈といった各運動に対する椎間板の動態を紹介する.
牽引への適応
線維輪は同心円状に並んだ層からなり,その内部には高密度のコラーゲン繊維が埋め込まれている.このコラーゲン繊維の密度の高さが,牽引に対する高い抵抗性を生み出す基盤となっている.
鉄棒にぶらさがって脱力した時など腰椎の牽引中,椎体は互いに引き離される方向に力を受ける.このとき,一方の椎体の各点は,他方の椎体から垂直方向に等距離だけ移動する.つまりすべてのコラーゲン繊維の起始点と停止点が等距離で引き離される.
通常,ある運動に対して特定方向の繊維の一部にしか張力がかからない場合が多いが,牽引運動においては線維輪全体が協調して抵抗を発揮する.これにより線維輪は牽引に対して高い構造的抵抗性を持つといえる.
このメカニズムにより,椎間板は過度な牽引力による構造の崩壊を防ぎつつ,一定範囲内の伸長を許容する柔軟性を維持する.
並進運動への適応
椎体間における純粋な並進運動は,すべての点が互いに平行な方向に等距離で移動することを意味する.この動作は一見単純に見えるが,椎間板には特異な負荷をもたらす.
線維輪は隣接する層ごとに繊維の走行方向が斜めに交差するように配列されている.この交互配向は,多方向からのストレスに対して安定性を確保する構造であるが,並進運動という一方向の平行移動に対しては,運動方向に傾斜している繊維のみに力が集中する.
つまり,並進時には繊維輪の半分の繊維が張力に耐えることになり,残りの半分は弛緩または負荷を受けない状態となる.この不均衡な力の分配が椎間板の変形特性に影響を与える.特に,線維輪の外側部分は構造的に強固であるため,ここに集中する張力が椎間板の安定性を支える要となる.また,線維輪の前方部と後方部の繊維も,運動方向によっては抵抗に寄与するが,その影響力は外側繊維ほど大きくはない.
回旋,捻れへの適応
前述したように線維輪の繊維は層ごとに交互に傾斜方向を変えて配列されており,例えば一層が右上から左下に走るならば,次の層は左上から右下へと交差するように走る.
回旋運動が発生すると下の椎骨に対して上の椎体の全ての点が円周方向に移動する.この際,運動方向に対して傾いている繊維のみが引き伸ばされるため,その付着点が離れ張力がかかる.反対方向に傾いている繊維にはほとんど張力がかからないか,むしろ弛緩することになる.
つまり,回旋運動に対して抵抗するのは線維輪内の繊維の半分のみであり,全繊維が均等に荷重を受ける牽引時とは明確に異なる挙動を示す.この偏った負荷は構造的な脆弱性を生む可能性があり,実際に回旋は椎間板を最も損傷しやすい動作の一つであるとされている.
屈曲回旋動作で重量物を持ち上げない動作指導はこれが根拠となっている.
屈曲・伸展・側屈への適応
屈曲運動では椎体の前端が下方向に変位するため線維輪の前部が短縮し,その分後部が伸張する構造的変化が生じる.このとき,前部の線維は圧縮されることで抵抗し,後部の線維は引き延ばされて張力に耐える.
反対に伸展時には椎体の後端が下がり前部が上がる構造となり,今度は前部の繊維が伸張,後部の繊維が短縮される.このように運動方向によって力を受ける部位が変化するため,線維輪の全周にわたって配列された繊維が,局所的な変形を吸収・分散する機能を果たす.