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腰痛は誤解の多い症状である
2013年にアイルランドで腰痛の誤解(myth)に関する調査が行われた[1].
ここでの誤解とは1998年にRichard A Deyoが提唱した「Myths about Low-Back Pain」のことを指す[2].
<Deyoによる腰痛に関する7つの誤解(1998)>
・椎間板ヘルニアがある場合は手術を受ける必要がある.
・X線・CT・MRIは常に痛みの原因を特定することができる.
・腰が痛いときは痛みがなくなるまで安静にすべきである.
・ほとんどの腰痛は怪我や重いものを持ち上げたことが原因である.
・腰痛は通常,日常生活を困難にするものである.
・腰痛のある人は全員,脊椎のX線検査を受けるべきである.
・治療の中心はベッドでの安静である.
どれくらいの誤解があるのか
この調査ではこれらの項目に「同意しない」場合,正答して扱われた.
正答が最もが少なかったのは「安静にすべき」という考え(29.6%が反対),正答が最も多かったのは「安静が治療の中心」という考え(53.6%が反対)だった.
そのため「安静にすべき」という考えは依然として根強いが,多くの人が「腰痛の治療に安静が最適ではない」と理解しているのは興味深い.もしかしたら「どの程度動くべきか,どの程度安静にすべきか」についてが不明瞭で「ある程度の安静は必要」と考えている人が多いのかもしれない.
500人のうち,全ての質問に誤答した人は59人(11.8%),1つだけ正しく答えた人は56人(11.2%),2つ正しく答えた人は106人(21.2%)だった.つまり,3つ以上の誤解をしなかった人は279人(55.8%)と半数を超えていたが,その中で7つ全ての誤解を避けられたのはわずか17人(3.4%)だった.
7つの誤解すべてに正しく反対できた人はごく少数であり,多くの人が腰痛に関する何らかの誤った認識を持っていることが分かる.とはいえ3つ以上の誤解をしなかった人が半数を超えていることから,一部の知識は正しく広まっている.このことから腰痛に関する正しい知識をより広く普及させ,特定の誤解だけでなく全体的に理解を深める教育が求められる.
この調査は現在から10年以上前で,本邦の調査ではなく,7つの誤解が現在も有効かについて言及されていなかったことに注意が必要である.
より新しい誤解のリストは2020年に提唱されている[3].
新たな腰痛の誤解には以下にまとめてある.
臨床的には?
「腰が痛いときは痛みがなくなるまで安静にしているべきである」と「ほとんどの腰痛は怪我や重いものを持ち上げたことが原因である.」が最も多い誤解だったため,臨床では以下のような対応に応用できる.
1. 痛みがなくなるまで安静にすべきという誤解への対応
安静は予後に悪影響を及ぼすという報告から,腰痛の多くは活動を維持しながら回復するのが望ましい.
- 適切な活動の推奨:患者さんの不安を取り除きつつ,痛みの範囲内での動きを促す.特にウォーキングや日常動作の維持が重要であり,「動かすことが回復を助ける」という教育を行う.
- 過度の回避行動の防止:長期間の安静や動作回避が慢性化のリスクを高めることを説明し,徐々に動作を再開する方法を具体的に提案する.
- 痛みの解釈の変化:「痛み=悪化」ではなく,「痛みがあっても動ける」「動くことで改善する」という考え方を伝える.
2. 腰痛の原因が怪我や重いものを持ち上げたことにあるという誤解への対応
ほとんどの腰痛(特に慢性腰痛)は明確な痛みの原因となっている組織損傷が見つからない.
- 原因の多様性を説明する:「腰痛=組織の損傷ではない」ことを強調し,ストレスや睡眠,運動不足などの要因も関係することを伝える.
- 「正しい動作」への過度なこだわりを減らす: 例えば,「重いものを持ち上げるときに必ず膝を曲げないと腰を痛める」という誤解を避け,動作のバリエーションや体の適応力を強調する.
- 個別化した介入:単純な姿勢指導ではなく,患者ごとの痛みのパターンや活動レベルを考慮し,無理のない範囲での動作戦略を提案する.
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[2]Deyo RA. Low-back pain. Sci Am. 1998 Aug;279(2):48-53. doi: 10.1038/scientificamerican0898-48. PMID: 9674171.
[3]O'Sullivan, P. B., Caneiro, J. P., O'Sullivan, K., Lin, I., Bunzli, S., Wernli, K., & O'Keeffe, M. (2020). Back to basics: 10 facts every person should know about back pain. British journal of sports medicine, 54(12), 698–699. https://doi.org/10.1136/bjsports-2019-101611