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【勉強したい人必読】勉強しない人に「患者のために勉強しろ」っていうのは不適切


「これをやらないとって思うんだけど中々身が入らない」
「勉強したいけど何をしたら良いかわからない」

医療従事者だと『やるべき』と言われる勉強内容ってかなり多いですよね。

最低限勉強するための英語だとか、最低限論文読むための基礎統計学とか
解釈するための批判的思考とか、論理的思考とか、ヘルスリテラシーだとか

もう少し段階をすすめて、解剖学とか運動学とか、アプローチ手段とか、診断学とか

本当にやることが多いと思います。

でもできない人って多いんですよね。

元々やる気がない人もいますけど、やりたいけど、できないって人もいます。それは一見努力不足みたいに見られそうですけど、たぶん努力とかの問題じゃなくて学習に入るためのプロセスの違いだと私は思うんです。

例を挙げるならスポーツも同じなんですけど、

チームで県大会優勝を目指そう!って目標を立てて、じゃあその目標に向かって練習できるかっていったらできる人できない人がいてその違いがやる気とか努力できる人かって言われたら私にはそうは思えません。

そしてこの目標に向かって努力できない人に向かって「チームの目標達成するためにがんばれよ」なんて言ったところで大抵それでできるようになるわけありません。

それは学習に入るためのプロセスが間違っているからです。

じゃあそのプロセスってのは何かっていうと、「自分が納得できる自分が決めた目標設定」です。勘違いすべきでないのは「目標設定」が重要ってことじゃないです。

これがよく間違われているというか、小学校や中学校でクラスの目標とかスローガンをつくることでまるで目標設定が重要みたいな価値観を植え付けられますが、大事なのは「目標設定」ではなく、「自分が納得できる自分が決めた」です、

別に意識化してもしていなくてもいいんですけど、たぶんやれない人ってのは無意識に「自分が納得できる自分が決めた目標設定」をできないので意識的にした方が良いと思います。

「自分が納得できる自分が決めた」とはどういうことかを解説します。

目標設定をする時の重要な要素は、その目標を達成することで自分が満足感とか幸福感を感じられるかどうかです、

さっきのスポーツの例でいえば、「県大会優勝」ってのは本当にやりたいことで、それをやることで満足感や幸福感を感じられるかってのが重要です。

例えば私はどのスポーツにおいても優勝をしたいなんて思ったことはありません。中学校で部長をしていてチームの目標もなんらかの大会で優勝だった気がしますけど、そんなもの目指してはいませんでした、

人によって何に満足感を得るのかってのは異なるんです。当たり前ですけど。

小学校中学校はけっこうそれを無視して、目標に向かって頑張ることがえらい!っていう謎の価値観の強要をしてくるので思考停止的にまるでそれが正しいかのように考えてしまうことがあるのだと思います。

だからどこにいっても大抵誤った目標設定ってのをさせられます。

医療業界でいったら「患者を良くするために」っていう本当に『くだらない』価値観が存在します。

勘違いしないでください。『くだらない』ってのは「患者を良くするために」ということ自体ではなく、それがまるで当たり前で万人共通であるべきっていうところです。

そんなのはどうでも良いんです。

例えば私は休日は10時間以上勉強するのは当たり前ですし、平日も数時間は毎日勉強します。

でも患者を良くしたいなんて思っていません。

私は「自分の介入で変化を起せること」に満足を感じるのでそのために勉強しているんです。それが結果として「患者を良くするため」に繋がるのでチームで「患者を良くするため」を目標にしても問題はありません。

誤った目標設定は「患者を良くするため」が先にきていることです。それ自体に満足感を得られる人ならそれでもありかもしれませんが、そんな人が多いとは思えません。

そこには「エゴ」があまりにも少ないからです。もっと自己満足の高いものが目標であるべきです。

例えば私がまるで理解できなかったというか自分はこう考えることはありえないなって目標設定としては「患者にありがとうって言ってもらいたいから」ってのがありました。

この目標設定は「エゴ」要素が多いんで良い目標です。そして「患者を良くするため」にもつながるのでチームとしてもやりやすくなります。

でも私はこんなことを思っていました。「患者にありがとうって言われてうれしいって思う人いたんだ。空想の話かと思った」って当時思いました。

それを伝えたら冷たいと言われたんですけど。

ここで重要なのは、何に満足感や幸福感を得るかってのは人によって違うので目標設定は他人が決めることはできないってことです。

そしてもう一つ重要なこととして、目標設定に自分の信念に反することが含まれていたらそれもアウトです。

例えば、これだけの売り上げを上げるって目標設定に対して、でもその手段って詐欺的で、詐欺的なのって嫌いなんだよねって価値観があれば目標としては不適切です。

で、ここで勉強での個人の目標設定の話に移ります。

勉強する時に「この知識が必要だから」とか「患者のために勉強しなきゃ」っていうような目標だったら勉強できないです。

「自分はこれがしたい」そのためのプロセスとして「この知識が必要」とか「この勉強がいる」ってのが来るんです。

私が好きな言葉にこんなのがあります。

「やる気はあるんですけど何をしたらわからないです!」っていうのは「やる気がない」って言うんだよ! それが何に対するやる気か言えないんだから… それはやる気じゃなくて焦燥感だろ…

「この知識が必要だから」とか「患者のために勉強しなきゃ」ってのは焦燥感に近いです。

やらなきゃやらなきゃでできる訳ありません。

勉強する人はやりたいからやってるんです。勉強する人はたまに「患者のために勉強しろ」っていいますけど、これは医療としてのチームの目標としての勉強しろであって、個人が患者のために勉強しろって認識しない方が良いと思います。

自分の何らかのエゴな目標の結果として「患者のため」だったら良いじゃないですか。

これは団体で目標設定する時にもいえます。

団体で話し合ってじゃあこれ目標ねってのは個人の目標ではなくてチームの目標なのでそれ自体では全員はできません。

だから個人のエゴを含んだ目標を立てて、その結果としてチーム目標も達成できたら良いよねって価値観の方が達成しやすいし簡単だし、ストレスかかりません。

だからまとめると、

まずは自分は医療に関してどうすると満足感とか幸福感を感じるかをかんがえてみてください。

使命感とかそういうのは無視してかまいません。

名声が欲しいとかでも良いんです。だれにも言う訳じゃないので人に言えないことでも構いません。

決して自分に嘘をついた目標とか他人が決めた目標とか倫理的にこれが正しいだろうってことを基準に目標設定をするべきではありません。

倫理的に正しいかどうかなんて結果で十分です。

そして自己満まみれの目標を立てると、勉強したいことがでてきます。

この自己満を達成するためにこれを勉強したいってなるんです。

編集後記

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Pain magazineではここまで従来の治療をいくつか批判的に観てきました。 構造主義的な観点、触診・アナトミートレイン・トリガーポイント・サブラクセーション そして今回は「バイオメカニクス」です。 (一応joint by jointとか筋膜とか心因性とかその辺も書こうと思ってます) 私の勝手なイメージですけど、バイオメカニクスを深く勉強している人ってのは勉強熱心なイメージがあります。 また、ある会社で技術と知識レベルの高い先生に「(骨格筋痛に携わる)医療従事者がとりあえず勉強すべきことってなんだと思いますか?」って聞いた時には「バイオメカニクス」と答えていました。 当時は私も同じ考えでした。 バイオメカニクスの知識が高ければ、多くの臨床で高い効果を得られるんじゃないかって思っていたからです。 それは疼痛の知識がなかったからですけれど…つまり「疼痛リテラシー」が欠如していたわけです。 これは疼痛の観点から、バイオメカニクスでは足りないってことに気づいたわけですけれど、他にもバイオメカニクス視点からバイオメカニクスはどうか?って視点も必要になってきます。 ということで今回の主題はバイオメカニクス批判です。 バイオメカニクスってとりあえず勉強しとけば治療の役に立つって考えられていますよね? でもこれって事実か事実じゃないかに限らず思考停止的な考えだと思います。 明確な根拠があるわけじゃなくて「なんとなく正しいだろう」ですよね。 「なんとなく」正しい気がして 「なんとなく」勉強することで疼痛治療に詳しくなった気がして 「なんとなく」それが治療に影響する気がして 「なんとなく」意味があるように感じるんですよね。 なぜなら、バイオメカニクスの理屈って一見論理的だからです。 一見論理的だから正しく見えます。 私が普段よく言っているヴィトゲンシュタインの言葉を借りるのなら「検証されずに確信されていることが多くないか?」に当てはまります。 特にこのバイオメカニクスへの強いフォーカスを促しているのはその”難解さ”だと思います。 解剖学はどちらかというと考えるより覚えるようなものですが、バイオメカニクスは考えなければ理解できません。 人って難解なものを学ぶとそれが正しいと思いがちです。 しかしそれは難解さにゆえ、それの価値を正しく判断することがバイオメカニクスを学ぶ以上に難解になります。 ここでは「慢性腰痛とバイオメカニクス」という観点から批判していきます。 ここでの扱うテーマは慢性腰痛治療において ●バイオメカニクスを勉強することで治療成績は上がるか? ●バイオメカニクスを治療に取り入れる意味はあるのか? です。

-note記事まとめ-

当サイトでは疼痛治療をより良いものにアップデートするためのツールをいくつか提供しています。 疼痛治療では「痛みとは何か」を理解する必要があります。 その理由は単純で疼痛治療の目的に「疼痛」が含まれるからです。 何をするか、どのようにするかは常に目的ではありません。 目的である疼痛が何かを理解しなければ治療は目的に向かうことが難しくなります。 もしかしたら、治療がうまくいかない時は目的を見失っているのかも知れません。 疼痛リテラシーアップデートは現在の疼痛科学に基づいた疼痛を解説します。 疼痛科学に基づいた運動療法は、理論ではなく実技中心です。 従来の運動療法は機能やバイオメカニクスに基づいたものが多く、しかし統計的にみてそれらの運動療法は大きな成果を挙げられませんでした。 疼痛科学に基づいた運動療法は、科学に基づいた運動療法です。 機能やバイオメカニクスという狭い視点から脱却し、運動療法をより良いものに変えたい方にお勧めです。 痛み情報を発信するマガジンです。月額制ではありません。
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