腰痛に対する治療法や患者教育内容のばらつきは深刻な問題です。
「Management of Low Back Pain: Do Physiotherapists Know the Evidence-Based Guidelines?(直訳:腰痛の管理:理学療法士はエビデンスに基づいたガイドラインを知っているか?)」[1]では、どれだけガイドラインが遵守されているか調査しています。
理学療法士の3分の2が腰痛ガイドラインの内容をよく知らない
自己申告による報告では理学療法士の63%は、腰痛の管理に関するガイドラインの内容を知らないか、不確かであると回答し、臨床で適用していると回答したのはわずか31%でした。
ガイドラインに関する自己申告の知識 | はい 不確か いいえ |
37%(197人) 59%(312人) 4%(18人) |
自己申告によるガイドラインの実際の適用 | はい 時々 いいえ |
31%(163人) 62%(325人) 7%(39人) |
この研究では「ガイドラインに関する自己申告の知識」と「自己申告によるガイドラインの実際の適用」を元にサブグループ作成し、知識、態度、信念(HC-PAIRS・Back-PAQ・NPQ)との関係を比較しています。ガイドラインを知っていると報告した参加者のスコアは、HC-PAIRS・Back-PAQ・NPQに関して、よく知らないと報告した参加者に比べて有意に優れていました。
また63%の理学療法士は、仕事に関してガイドラインにそぐわない推奨をし、活動に関しては、24%の理学療法士がガイドラインと矛盾する推奨をしていました。
つまりガイドラインを知らない理学療法士は、痛みと機能障害の間に強い関係があることを示す見解、腰痛に関する役に立たない信念、痛みの神経生理学に関する不十分な知識、仕事に関するガイドラインと一貫性のない推奨事項を有している可能性が高いようです。
【用語解説】
・HC-PAIRS(Health Care Providers’ Pain and Impairment Relationship Scale)
HC-PAIRSは、慢性腰痛患者の身体障害に関する態度と信念を評価するものです[a]。HC-PAIRSは、「全くそう思わない」から「全くそう思う」までの7段階のリッカート尺度で評価される13の記述から構成されます。合計得点は13~91点で、高得点は疼痛と機能障害の間に強い関係があると考えることを反映しています。
・Back-PAQ(Back Pain and Attitudes Questionnaire)
Back-PAQは腰痛に関する態度や根底にある信念を5段階のリッカート尺度で評価するものです[b]。回答は-2(「True」)から+2(「False」)で採点し、項目6-7-8は得点を逆にします。合計得点は-20~20点です。マイナスの得点は、役に立たない信念を反映します。
質問票はこちら(https://www.otago.ac.nz/wellington/otago656771.pdf)かこちら(https://www.otago.ac.nz/wellington/departments/primaryhealthcaregeneralpractice/research/otago656643.html#Versions_for_download_and_use)から
・NPQ(Neurophysiology of Pain Questionnaire)
NPQは個人が痛みを支える生物学的メカニズムをどのように概念化しているかを評価するものです[c]。NPQには19の質問があり、3つの回答選択肢(真;どちらともいえない;偽)があります。。採点は、正解を1点、不正解または未回答を0点し、得点が高いほど、疼痛神経生理学に関する知識が豊富であることを示しています。
ただし、人によっては、ガイドラインは厳格な治療方針を課すものだと考え、これをガイドラインに矛盾していると誤解するケースもあるようなので自己申告によるガイドラインの適用と実際のガイドラインの適用には違いがある可能性があります[3]。
本邦では?
この報告はベルギーとフランスのものなので本邦にそのまま当てはまるわけではありません。また理学療法士自体本邦とベルギーとフランスでは同種の資格・業務ではない可能性もあります。
とはいえ肌感で言えば本邦で同じような調査をしても類似した結果か、これ以下の結果が報告されるのではないかとも思ってしまいます。理学療法士に限らず腰痛治療に関与する集団で調査すればさらにガイドラインの遵守率は下がるかもしれません。
幸い腰痛ガイドラインは数あるガイドライン間で多少の違いはあるものの、かなり大幅な違いがあるわけではないため、本邦の腰痛診療ガイドライン2019改訂第2版を読めば他の腰痛ガイドラインに反することにもなりにくいです。
日本人は英語が平均的に得意ではないため医学論文を読むには不利ではありますが、腰痛ガイドラインの内容を知っているか、ガイドラインを遵守しているかの2点について英語が苦手なことは不利に働くわけではありません。
医療者間の矛盾の問題
医療者間で患者さんに対する推奨が異なるということは、患者さん側からすれば何が正しいか分からない混乱とフラストレーションの原因になります。
医療者間で足並みを揃える簡単な方法はガイドラインを読み実践することが挙げられますが、この報告をみる限りガイドラインは知られておらず、遵守されていません。
特にガイドラインを知らない医療者は知識不足や誤った知識により知らず知らずの間に不適切な情報を与えて、結果的に利益よりも害を与えやすい可能性もあります。
ガイドラインが推奨する治療を提供する理学療法士の割合は依然として低く、1990年以来増加していない報告から鑑みると時間の経過でガイドラインの遵守率が上がることはあまり期待できません[2]。
そのため積極的にガイドラインを読み、あるいは周りに読んでもらうような試みが必要です。
今回の文献を通して次に目を通したい文献は?
「Has physical therapists' management of musculoskeletal conditions improved over time?」
「Individual recovery expectations and prognosis of outcomes in non-specific low back pain: prognostic factor review」
【用語解説】
・腰痛(LBP:Low back pain/ Lower back pain)
腰痛の定義にはばらつきがあります。
本邦のガイドラインでは「体幹後面に存在し, 第12肋骨と殿溝下端の間にある, 少なくとも1日以上継続する痛み.片側,または両側の下肢に放散する痛みを伴う場合も, 伴わない場合もある」が採用されています。
定義によっては臀部を腰痛に含まなかったり、1日以上継続するを含めないことがあります。
腰痛は単一の疾患単位ではなく症状であるという見解がよく見られますが、線維筋痛症や非特異的腰痛などでは、慢性疼痛はそれ自体が一つの疾患であると考えられていることもあります。
2012年の腰痛診療ガイドラインに「85%では病理解剖学的な診断を正確に行うことは困難である」とあるように腰痛の8割は非特異的とされてきましたが、2020年の腰痛診療ガイドラインでは「腰痛の85%が非特異的腰痛であるという根拠は再考する必要がある」に変更されており、またそれとは別に非特異的腰痛という用語自体を使用すべきか否かの議論があります。確実な診断を行うことが難しい腰痛(椎間板性腰痛・椎間関節性腰痛・仙腸関節性腰痛・筋筋膜性腰痛など)に関してはどのように表現するのかが課題ですが現状は非特異的腰痛が一般的によく使われています。
[2]Zadro, J. R., & Ferreira, G. (2020). Has physical therapists' management of musculoskeletal conditions improved over time?. Brazilian journal of physical therapy, 24(5), 458–462. https://doi.org/10.1016/j.bjpt.2020.04.002
[3]Bishop, F. L., Dima, A. L., Ngui, J., Little, P., Moss-Morris, R., Foster, N. E., & Lewith, G. T. (2015). "Lovely Pie in the Sky Plans": A Qualitative Study of Clinicians' Perspectives on Guidelines for Managing Low Back Pain in Primary Care in England. Spine, 40(23), 1842–1850. https://doi.org/10.1097/BRS.0000000000001215
用語解説の参考文献
[a]Bishop, A., Thomas, E., & Foster, N. E. (2007). Health care practitioners' attitudes and beliefs about low back pain: a systematic search and critical review of available measurement tools. Pain, 132(1-2), 91–101. https://doi.org/10.1016/j.pain.2007.01.028
[b]Darlow, B., Perry, M., Mathieson, F., Stanley, J., Melloh, M., Marsh, R., Baxter, G. D., & Dowell, A. (2014). The development and exploratory analysis of the Back Pain Attitudes Questionnaire (Back-PAQ). BMJ open, 4(5), e005251. https://doi.org/10.1136/bmjopen-2014-005251
[c]Catley, M. J., O'Connell, N. E., & Moseley, G. L. (2013). How good is the neurophysiology of pain questionnaire? A Rasch analysis of psychometric properties. The journal of pain, 14(8), 818–827. https://doi.org/10.1016/j.jpain.2013.02.008
編集情報
投稿日:2023/9/6; 約4500文字
最終編集日:2023/09/09; 約4900文字