参考可動域以外の可動域を知る

参考可動域の基本

本邦では、日本整形外科学会・日本リハビリテーション医学会・日本足の外科学会が検討してきた関節可動域表示ならびに測定法が一般的によく利用されています[1]。

参考可動域には以下のような注釈があります。

「関節可動域は年齢、性、肢位、個体による変動が大きいので、正常値は定めず参考可動域として記載した。関節可動域の異常を判定する場合は、健側上下肢関節可動域、参考可動域、(付)関節可動域の参考値一覧表、年齢、性、測定肢位、測定方法などを十分考慮して判定する必要がある。」[2]

参考可動域はあくまで参考であって、正常値でないことや個人差を考慮することが明記されています。
しかし個人差をどのように判断すれば良いか参考となるデータはこの文献中に含まれていません。例えば直感的に考えれば加齢により可動域は落ちていきますが、実際は可動域が低下する関節、変わらない関節、増加する関節があり、その程度も関節によって変わります。そのため個人差を考慮するには個人差毎にサブグループ化されたデータが必要となってきます。

ここではMacedoら(2009)が調査した平均可動域[4]と本邦における参考可動域を比較していきます。

室温・体温・日内変動

Macedoらは18-59歳の健康な白人女性を対象に受動的可動域に年齢の影響があるかどうかのデータを収集しました。
この時人種や文化の違いも考慮する必要があります。日本では正座文化や和式トイレがあり特に足関節や膝関節、股関節は一般的な白人女性とは異なる可能性があります。

彼らは可動域を求めるにあたって、室温・体温を調節していました。
・体温:35.8~37.8度(平熱)
・測定時間:10:00から16:00
・室温:22℃

そういえばこれまで可動域の研究を読む際に、この観点は見逃していることに気が付きました。臨床では時間や体温まで中々調節が難しいですが、平均可動域を調査する上では確かに必要だと思われます。
これに関連して室外で可動域検査をする例えばスポーツトレーナーのような臨床家は気温と体温(運動直後かどうか)を考慮して検査する方が良いと言えます。例えば冬に外で可動域検査をすれば可動域が落ち、同じ環境でも運動後に測定すれば体温が上昇して可動域が広がるため可動域に大きな差が生じることになります。

本邦との比較

彼らは足、膝、股関節、肩、肘、手で30種類の可動域を調査しました。
可動域の値に特に大きな影響を与える要素としてMacedoらは受動的な検査を行いました。能動的な検査より受動的な検査の方が可動域は高くなります。
また参考可動域とは部位による肢位の違いもありました。臨床では立位・座位・仰臥位・伏臥位・側臥位で検査することがあり、立位以外の方法で行う場合、その肢位でのデータを参照する必要があります。

信頼性・誤差

Macedoらは検者間信頼性・SEM・MDCも報告しました。

SEM(standard error of measurement)は測定誤差とも呼ばれ「測定された構成概念の真の変化に起因しない得点の系統的およびランダムな誤差のこと」を指します。簡単に言えば測定値のばらつきを表しています。

MDC(minimal detectable change)は最小可検変化量とも呼ばれ、それ以上の変化が測定誤差以上の変化と判断されます。もし測定値がMDCの値を下回れば変化は誤差である可能性が高くなります。MDCはSEMから求められます。

検者間信頼性は複数の検者による検査結果の信頼性を表しており、検者間信頼性が低いと検者間の検査結果がばらつきやすくなります。
信頼性は級内相関係数(ICC)やカッパ係数(κ係数)で表され、大まかに以下のような判断されます。

  • 0.9:優秀
  • 0.8:良好
  • 0.7:普通
  • 0.6: 可能
  • <0.6: 要再考

ただしMacedoらの調査は健常者を対象にしているため、何らかの疾患を持つ患者においては別の研究を参照する必要があります。

足関節の参考可動域・平均可動域

本邦では参考可動域の他にROMの参照値もいくつか提示している[3]ため、そのデータも比較します。。

足関節の外転・内転についてはMacedoらは調査しておらず、ROMの参照値も提示されていませんでした。本邦における参考可動域は参照値に収まっていました。
Macedoらのデータと参考可動域を比較すると、背屈は参考可動域の方が10°大きく、外がえし・内がえしは小さいように見えました。底屈は参照値の範囲に収まっていました。背屈については前述したように文化の差が現れている可能性があります。他の可動域については受動的な測定法であるMacedoらの方が大きくなりました。
特に外がえし・内がえしは10°を超える差が見られ、臨床において足関節の可動域検査を受動的に測る際には参考可動域と比較すると、異常値と誤って解釈してしまう可能性があります。

検者間信頼性は底屈で高く、外がえし・内がえしは普通程度でした。最小可検変化量は底屈・外がえし・内がえしで高く、可動域の変化を介入によって変化したのか誤差なのか判断するのは難しいようです。

膝関節の参考可動域・平均可動域

膝関節は屈曲・伸展が調査され、参考可動域・可動域の参照値・平均可動域すべてデータが揃いました。

Macedoらは受動的な測定法であるためより参考可動域と比べて19°大きな値でしたが、参照値の範囲内でした。

検者間信頼性は普通から良好程度です。

股関節の参考可動域・平均可動域

10°以上の差があったのは外転と外旋で、どちらも参考値からも外れていました。

外転は能動的に大きな動作で行うのが難しいため-17°の差が開くのは理解できますが、外旋に関しては受動的な動作であるMacedoらのデータの方が小さな値が得られました。

股関節の検者間信頼性は全体的に高く、最小可検変化量も小さいようです。

肩甲上腕関節と肩複合体の参考可動域・平均可動域

本邦では肩複合体の可動域検査法のみ紹介していますが、肩甲骨を固定した場合(肩甲骨の後傾や上方回旋を防ぐため肩甲骨の外側縁を安定させる)には肩甲上腕関節の可動域が測定できると考えられています。ただし実際にこの方法で肩甲上腕関節の可動域が測れているかは意見が分かれていることに注意する必要があります。

肩複合体の可動域検査は肩関節の構成要素(胸鎖関節・肩鎖関節・肩甲上腕関節・肩峰下関節・肩甲胸郭関節)と肋骨や脊柱の動きも影響していると思われます。肩甲骨の外側縁を手で押さえるだけで肩甲骨の動作がなくなり、また他の部位の動きも制限されると考えるのは妥当性があるか疑問が残ります。

全体的に受動的な動作の方が大きな可動域を示しました。外旋に関しては49°の差も見られました。肩においてはほとんどの動作で受動的と能動的な検査で大きな差が開くことに注意する必要があります。

検者間信頼性は全体的に高いようです。しかし肩甲上腕関節においては最小可検変化量が全体的に高く、これは肩甲骨を固定するのが難しいところからきているかもしれません。

またもし仮に肩甲骨を固定することで肩甲上腕関節の可動域を測れるとするのであれば、肩複合体の可動域から肩甲上腕関節の可動域を引くことで肩甲上腕関節以外の肩の可動域も求められるはずです。そのため肩複合体から肩甲上腕関節の可動域を引いた値もまとめておきます。

肘関節の参考可動域・平均可動域

肘関節においては全体的に大きな差は見られませんでした。

肘関節の検者間信頼性は全体的に高く、最小可検変化量も小さいようです。

手関節の参考可動域・平均可動域

手関節の尺屈・橈屈については参考可動域が参照値の範囲を超えていることに気が付きます。参考可動域はMacedoらの受動的な測定における平均可動域よりも大きいため、この参考可動域は高すぎる可能性があります。

屈曲・伸展については受動的な測定の方が高くなりました。特に伸展は受動的に測定すると大きな差が生まれるようです。

肘関節の検者間信頼性は全体的に高いようです。しかし尺屈は最小可検変化量が大きく、臨床的に変化があったと判断するのは難しいようです。

加齢による変化

30動作のうち11動作(膝関節屈曲・伸展、股関節屈曲・外旋、肩甲上腕関節屈曲・外旋、肩複合体屈曲・外転・伸展・内旋、肘関節伸展)において、年齢によるわずかな(1年あたり0.01~0.42°)可動域の低下が見られました。この中でも特に股関節屈曲・外旋、肩甲上腕関外旋、肩複合体外旋は41年で最小可検変化量より大きく変化しました。さらに10度以上の減少が見られたのは肩甲上腕関外旋と肩複合体外旋はのみでした。

この研究では18-59歳を対象としているため、特に可動域が減少すると思われる60歳以上は含まれていません。そのため59歳までの間には肩の外旋以外ほとんど変化しないようです。また足関節背屈・底屈・内がえし、股関節外転に関しては可動域が増加しました。

参考文献

[1]https://www.japanpt.or.jp/info/asset/pdf/20220610_ROM03.pdf
[2]https://www.japanpt.or.jp/info/asset/pdf/220308_ROM02.pdf
[3]https://www.japanpt.or.jp/info/asset/pdf/220308_ROM04.pdf
[4]Macedo, L. G., & Magee, D. J. (2009). Effects of age on passive range of motion of selected peripheral joints in healthy adult females. Physiotherapy theory and practice , 25 (2), 145–164. https://doi.org/10.1080/09593980802686870

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